日光山 中禅寺(ちゅうぜんじ) 立木観音      Chuzenji Temple    坂東三十三観音霊場第18番札所       16.May.2012        天空仙人の神社仏閣めぐり

中禅寺 Official Page
日光山 中禅寺 本堂
「日光山 中禅寺 本堂」

日光山 中禅寺
「五大堂から中禅寺湖を望む」

日光山 中禅寺 仁王門 日光山 中禅寺 本堂 立木観音堂
「仁王門」「本堂 立木観音堂」
Niou-monTachiki Kannondo
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日光山 中禅寺 日光山 中禅寺 愛染明王堂
「扁額」「愛染明王堂」
HengakuAizen Myououdo
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日光山 中禅寺 五大堂 日光山 中禅寺 五大堂から男体山を望む
「五大堂」「五大堂から男体山を望む」
Godaido
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日光山 中禅寺 金剛力士像 日光山 中禅寺 金剛力士像
「金剛力士像」「金剛力士像」
Kongou RikishizouKongou Rikishizou
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日光山 中禅寺 風神像 日光山 中禅寺 雷神像
「風神像」「雷神像」
FuujinzouRaijinzou
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日光山 中禅寺 奏楽天女 日光山 中禅寺 奏楽天女
「奏楽天女」「奏楽天女」
Sougaku Ten-nyoSougaku Ten-nyo
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日光山 中禅寺 宝珠地蔵 日光山 中禅寺 燈籠の邪鬼
「宝珠地蔵」「燈籠の邪鬼」
houju JizouJaki
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坂東札所 第18番 日光山 中禅寺(ちゅうぜんじ)

Chuzenji Temple

栃木県日光市中禅寺歌ヶ浜2578

2578,Utagahama,Chuzenji,Nikko-shi,Tochigi


御本尊 十一面千手観世音菩薩

第十八番 日光山 中禅寺

【御詠歌】 中禅寺 のぼりて拝む みづうみの うたの浜路に たつは白波

真言

おん ばざら たらま きりく


延暦三年、勝道上人の開基なり。上人、男体山への登頂を発願、深沙大王の加護を得て 大谷川を渡り、まず四本竜寺を建て、三年の苦難を経て宿願を達す。

時に湖上にて感得せし千手観音の霊容を、そのまゝに桂の立木に御手刻、安置せられしが、 この中禅寺の「立木観音」という。

山水の美を誇るこの境域は、観音補陀落浄土にふさわしく、かつて修験道場たりし神秘な たたずまいと共に帰依の心を深めしむるものあり、紺碧の湖に彩りをそえて建つ観音堂、 五大堂の結構、坂東第一の霊境なり。


寺伝によれば、延暦3年(784)に日光山の開祖である勝道上人により、二荒山神社の 神宮寺として男体山登拝口近くに建立されたという。勝道上人は、天平勝宝6年(754 )に二十歳で出家、男体山の山中に観音の浄土があると信じ、天平神護2年(76 6)に日光の地に四本龍寺を建てた。神護景雲元年(767)、男体山の登頂に挑戦、中 腹から眼下に中禅寺湖を発見するが山頂を極めることはできなかった。湖畔に草庵を建て 天応元年(781)に再度挑むが失敗。延暦元年(782)の三度目の挑戦で、前人未踏 の男体山の頂上を道珍・勝尊などの弟子らと共に極めたとされる。延暦3年(784)の 春、小舟で上人が中禅寺湖を周遊した折、湖上で千手観音を感得、湖畔に生えていた桂の 巨木を選んでその姿を立木のまま刻んだのが現在の本尊である立木千手観世音菩薩といわ れる。

康治元年(1141)には藤原敦光が『中禅寺私記』を著し、正和4年(1315)には 仁澄により中禅寺の大造営が行なわれた。また、日光山発祥の地ということで、江戸時代 には幕府の保護を受けて隆盛する。その後、明治5年(1872)には神仏分離により輪 王寺別院となり、山内の女人牛馬禁制が解禁された。また、明治35年(1902)の大 山津波により壊滅的被害を受け、現在の地(中禅寺湖畔の歌ヶ浜)に再建された。そのと き、本尊は少しの損傷もなく3日後に湖上に浮かび上がったと言われている。昭和44年 (1969)には勝道上人開山1200年記念事業として五大堂が建設された。

五大堂

堂内に不動明王を中心として降三世(ごうざんぜ)明王、軍荼利(ぐんだり)明王、大威 徳(だいいとく)明王、金剛夜叉(こうごうやしゃ)明王からなる五大明王像が安置され ている。五大堂の天井画「瑞祥龍」は堅山南風画伯の筆によるもの。

宝珠地蔵

両手を前に合せ、その上に宝珠を抱き持ったお姿で、江戸時代初期の作と伝えられ、商売 繁昌、金銭融通の御地蔵様として大変信仰され多くの人が参拝されます。

勝道上人は、男体山の山中に観音の浄土(補陀落 ふだらく)があると信じ、男体山の山 頂と中禅寺湖の湖畔に補陀落の大神を祀る建物を建てた。これが現在の二荒山(ふたらさ ん)神社奥社と二荒山神社中宮祠である。「ふだらく」から「ふたら(二荒)」に転訛し、 さらに「二荒」から音読みし「日光」へ変化し、日光の地名のもととなったと言われてい る。


この日は、阪急交通社の「坂東霊場めぐり」に参加し、中禅寺、水澤寺、長谷寺の3ヶ寺 を参拝させて頂きました。


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