妙福山 佐竹寺(さたけじ) 北向観音      Satakeji Temple      坂東三十三観音霊場第22番札所       19.Oct.2012        天空仙人の神社仏閣めぐり


佐竹寺 本堂
「佐竹寺 本堂」

佐竹寺 御前立
「佐竹寺 御前立」

佐竹寺 楼門(仁王門)
「佐竹寺 楼門(仁王門)」

佐竹寺 楼門 佐竹寺 本堂
「楼門(仁王門)」「本堂」
RoumonHondo
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佐竹寺 丸窓 佐竹寺 丸窓
「丸窓」「丸窓」
MarumadoMarumado
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佐竹寺 扁額と日の丸絵紋の陣扇 佐竹寺 観世音菩薩 御前立
「扁額と日の丸絵紋の陣扇」「観世音菩薩 御前立」
Hengaku & JinsenOmaedachi
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佐竹寺 金剛力士像 佐竹寺 金剛力士像
「金剛力士像」「金剛力士像」
Kongo RikishizouKongo Rikishizou
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佐竹寺 佐竹寺 観音像
「木鼻」「観音像」
KibanaKannonzou
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佐竹寺 火頭窓 佐竹寺 海老虹梁
「火頭窓」「海老虹梁」
KatoumadoEbi-kouryou
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坂東札所 第22番 妙福山 佐竹寺(さたけじ)

Satakeji Temple

茨城県常陸太田市天神林町2404

2404,Tenjinbayashi-Cho,Hitachi-oota-Shi,Ibaraki


御本尊 十一面観世音菩薩

第二十二番 妙福山 佐竹寺

【御詠歌】 ひとふしに 千代をこめたる 佐竹寺 かすみがくれに 見ゆるむらまつ

本尊十一面観音は、聖徳太子の御作と伝え、正暦年間、元密上人の草創なり、はじめ鶴 が池のうしろ洞崎の峰にありしを、のち現在の浄地に移る。

佐竹昌義、武運の隆昌を観音に祈願せしに、境内に奇竹を得、これぞ出世の瑞相と喜び 姓を佐竹と改め、当山を篤く信仰す 山門にかかげる五本骨、日の丸絵紋の陣扇は、佐 竹氏との深い の関係を今日に示す。

茅葺、もこし付、寄棟造り、唐破風の観音堂は、幾百有余年の星霜を経て、坂東札所随 一の豪壮なる堂宇なり、重文の指定を受く。

妙福山 佐竹寺 御朱印 より


佐竹寺

佐竹寺は妙福山明音院と号する真言宗豊山派の寺院で、寛和元年(985)に花山天皇 の勅願により元密上人が開山したと伝えられ、創建当時は現在地から西北西に約700 m離れた鶴ヶ池の洞崎の峰に建てられ、観音寺と称していた。

佐竹氏初代昌義は、治承元年(1177)に同寺に寺領として300貫の土地を寄進し、 六代長義は衰えていた寺堂を佐竹氏の祈願所として再興するなど、佐竹氏の隆盛ととも に寺運も栄えた。しかし、天文十二年(1543)に兵火にかかって焼失してしまい、 同十五年に十八代義昭によってこの地に再建された。

明治三十九年(1906)に国指定重要文化財となった本堂は、茅葺屋根寄棟造で、主 屋の周囲にこけら葺の裳階をめぐらし、正面中央に唐破風をあげている。元禄時代に内 部の柱を取り除くなどの大改造が行われたが、正面の火頭窓や柱、外陣の繋ぎ梁の海老 虹梁や組物などに桃山建築の先駆としての様式を残している。

古くから安産、厄除けの仏様として信仰され、坂東三十三観音霊場の第二十二番札所と して巡礼が絶えない古刹である。      

境内 常陸太田市 案内板より


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