補陀洛山寺(ふだらくさんじ)      Fudarakusanji Temple       12.NOV.2005 天空仙人の神社仏閣めぐり


那智の浜
「那智の浜」

補陀洛山寺 写真 補陀洛山寺 写真
「本堂」
HONDO
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補陀洛山寺 写真 補陀洛山寺 写真
「十一面千手観音像」「六字名号

南無阿弥陀仏」

Jyuichimen-Senjyu-kanon-zouRokuji-Myougou
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補陀洛山寺 写真 補陀洛山寺 写真
「広目天像」「持国天像」
KoumokutenzouJikokutenzou
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補陀洛山寺 十一面千手観音像 写真 補陀洛山寺 不動明王像 写真
「十一面千手観音像」「不動明王像」
Jyuichimen-Senjyu-kanon-zouFudoumyouou-zou
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補陀洛山寺 虚空蔵菩薩画像 写真 補陀洛山寺 文殊菩薩画像 写真
「虚空蔵菩薩画像」「文殊菩薩画像」
Kokuzou-bosatsu-gazouMonju-bosatsu-gazou
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補陀洛山寺 不動明王画像 写真 補陀洛山寺 普賢菩薩画像 写真
「不動明王画像」「普賢菩薩画像」
Fudoumyouou-gazouFugen-bosatsu-gazou
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補陀洛山寺 写真 補陀洛山寺 写真
「補陀洛渡海船 どちらへ?」
FUDARAKU TOKAI SEN
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補陀洛山寺(ふだらくさんじ)

Fudarakusanji Temple

和歌山県東牟婁郡那智勝浦町浜ノ宮348番地

348,Hamanomiya,Nachi-Katsuura-Cho,Higashimuro-Gun,Wakayama


補陀洛渡海で知られる当寺は、仁徳帝の御代に印度より裸形上人が熊野浦に漂着し、熊野各地を巡 歴の上、開かれたという。那智七本願の一寺として隆盛をきわめるが、文化五年(1808)の台 風で諸堂塔が破壊された。その後、仮本堂が建てられたが、現在の建物は平成2年(1990)1 1月に再建された、室町時代様式の高床式四方流宝形型である。

御本尊三貌十一面千手千眼観世音菩薩は平安後期の作と伝えられ、御丈1メートル90センチ、香 木造立像で国の重要文化財の指定を受けている。観世音菩薩はその御名を称うる衆生の世音を観じ て、いつでもどこでも示現し、救済くださる現世利益の御利生ある佛様である。

特に智恵、慈悲、勇猛の三つの力を合せた観音威神力と申す絶大な力の佛様である。この千手観音 は四十本の御手を備え、各御手にそれぞれ法具を持ち、人間の我ままから生ずる苦しみを二十五種 にかぞえ、そのひとつひとつをお救いくださる御手である故に、四十に二十五を乗じて千手となり、 その手に眼を持ち給うので千手千眼と称し全智全能の広大無辺の偉大なる観音の力を表現している 訳である。

那智の浜から生きたまま船に乗せ、僅かな食料を積み、外に出られないように釘付けをして沖に流 し、観音の浄土すなわち補陀洛山に往生しようとする宗教儀礼が有名な補陀洛渡海で、この地から 多くの渡海者が船出した。「熊野年代記」によるとこの補陀洛渡海は貞観10年(868)の慶龍 上人にはじまり、平安時代に三回、室町時代に十回、江戸時代に六回が記録されているが記録洩れ もあると思うので実数はこれより多いこともあろう。

渡海僧出発の様子は「那智参詣曼陀羅」に画かれているが渡海は11月、北風の吹く日を選んで夕 刻に行なわれた。当日渡海者は補陀洛山寺御本尊前で秘密の修法をし、続いて三所権現を拝した。 見送りの観衆のどよめきの中を一ノ鳥居をくぐって浜に出て、白帆をあげ、屋形の周囲に四門及び 忌垣をめぐらした渡海船に乗り伴船にひかれて沖の網切島まで行き、ここで白綱を切って観音浄土 をめざし、南海の彼方へ船出して行ったのである。

一灯をともし、日夜、法華経を誦し、三十日分の油と食糧をたずさえて生きながら極楽浄土に旅立 つ信仰であるが、近世になると金光坊が渡海を拒んで島に上がったが無理矢理に入水させられたと いう伝説もあり、生きながら渡海をするという慣習はなくなり、当寺の住職が死亡した場合、かつ ての補陀洛渡海の方法で水葬をするという儀式に変っていった。現在、当寺の裏山には渡海上人の 墓がある。墓碑には「補陀洛渡海宥照上人塔」のほか、祐信、祐尊、光林、善光らのものがありい ずれも「勅賜補陀洛渡海〇〇上人」と記されている。また享禄4年(1531)11月に渡海した 祐信(足駄上人)の渡海木礼、渡海上人位碑、渡海船に使用されたと伝えられる部材が現存してい る。

他に最近調査の結果平安中期の作と見られる御本尊脇侍の県指定文化財、広目天と持国天、享禄2 年(1529)3月18日の陰刻銘のある県指定文化財の銅花瓶一口、天正5年(1577)祐善 が寄付した銅佛餉鉢のほか那智参詣曼陀羅、文武天皇と一条天皇の宸筆と伝えられる「日本第一補 陀洛山寺」の勅額、二位尼平時子の塔、三位中将平維盛の塔などがある。

毎年1月27日に立春大護摩供星祭祈祷会、5月17日に春まつり、渡海上人供養、7月10日に 土用護摩供に先祖供養が行われる

補陀洛渡海上人遺跡補陀洛山寺


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