五條天神社(ごじょうてんじんじゃ)      Gojyoten Jinja Shrine        天空仙人の神社仏閣めぐり

五條天神社 Official Page

日本武尊、少彦名命

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五條天神社 五條天神社
「五條天神社」「五條天神社」
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五條天神社 五條天神社
「拝殿」
Hai-den
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五條天神社 五條天神社
「手水鉢」「鳳凰」
ChozubachiHouoh
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五條天神社 五條天神社
「ちょうちん」「ちょうちん」
ChochinChochin
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五條天神社 五條天神社 邪鬼
「手水鉢」「邪鬼」
ChozubachiJaki
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五條天神社 五條天神社
「絵馬」「絵馬」
EmaEma
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宝舟の神札 鶯(うそ)
「宝舟の神札」「鶯(うそ)」
Houshu no ShinfudaUso
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五條天神社

五條天神社(ごじょうてんじんじゃ)

Gojyoten Jinja Shrine

病気平癒,学業成就,医学

東京都台東区上野公園4の17

4-14,Ueno-Koen,Taito-ku,Tokyo

JR・東京メトロ・京成電鉄「上野」駅から徒歩約8分


御祭神

大己貴命(おおむなぢのみこと)

少彦名命(すくなひこなのみこと)

菅原道真命(すがわらみちざねのみこと)


御由緒

十二代景行天皇の御代に、日本武尊が東夷征伐の折り、上野忍ヶ丘を通ったときに 薬祖神2柱にご加護を頂いたことを感謝し薬祖神2柱を祀ったことに創始とすると されています。

以来今年まで1890余年の間、東の大洗磯崎神社、西の少彦名とともに 三薬祖神の一つとして敬われてきました。

大己貴命と少彦名命の二柱の神様は、兄弟の緑を結び、共に平和な日本の国を 創ることに努力し、特に疫病や耕病に苦しむ人々を助けて、薬を作ることを教え、 病を治す治療の方法を授けました。

神話の中にも、「いなばの白兎が、鮫の仕返しを受け、さらに悪い神に反対の治療を されて苦しんでいたところを、優しく治してあげた話」、「兄弟の意地悪な神に 襲われて焼け石によって大火傷を負ったのに不思議にも、生き帰られた話」、 「素戔嗚尊に数々の試練を受けたときに、何回も脱出に成功し難を逃れた話」など 幾つか出ています。

少彦名命は、薬のほかにも酒の造り方もひろめたので酒業の祖神としても有名で、 両神は古くからわが国の医薬の祖神として尊崇されてきました。

江戸時代初期、当時の神職であった瀬川屋敷内にあつた、歌道の祖として 祀られていました菅原道真が後に合祀されたとされ、下谷天満宮といわれていました。

瀬川屋敷は、後に五条天神社門前町となり、五条町になりました。

社殿は、大正13年に現在の位置へ移りました。


五條天神社の御縁起と諸行事

御縁起

御祭神は主神に大己貴命・少彦名命二柱の薬祖神を、相殿に菅原道真公をおまつリしてあ リます。

(大己貴命は大国主命と同じ神様です)。

第十二代景行天皇の御代、日本武尊が東夷征伐の為、上野忍が岡をお通リになられた時、 薬祖神二柱の大神に御加護を頂いた事を感謝なされて、此の地に両神をおまつリされまし たのが当杜の御創祀であリます。(約1880年前)

尭恵法師の北国紀行に

正月の末武蔵野のさかい忍ケ岡を優遊しはベリ鎮座の社五條天神と申しはべり、折ふし枯 れたる茅原を焼きはべり

契りをきて 誰かは春の 初草に 忍ケ岡の 露の下萌え

云々とあり、この正月は文明十八年(約五百年前)ですので相当の古杜である事がわかリ ます。

相殿におまつリしてあリます菅原道真公は、寛永十八年(約三百五十年前)に合祀され、 歌の道の祖神として俗称下谷天満宮とも云われました。

社地は御創祀以来、天神山(今の摺鉢山)瀬川屋敷(飴横の入口辺り)他、幾度か変遷を 重ね、昭和三年九月に御創祀の地に最も近い現地に御遷座になりました。

尚、日本橋本町にある薬事協会ビルの屋上には、薬祖神社として御分霊をおまつリし、毎 年十月十七日に薬業関係者により盛大なお祭が行われています。

御祭日

大祭は毎年五月二十五日本社の大神輿は千貫神輿とも云われ三年おきに大祭に近い日曜に 氏子内を巡幸します。月次祭は毎月二十五日で氏子内の家運繁栄を御祈願し、医薬祭は毎 月十日 病気平癒の御祈祷を致しておリます。

又、毎日早朝には前日お申込になった方々の人形を神前にお供えして、無病健康の祈願を 行っています。

人形にお住所とお名前、年令を書いて初穂料を添え受付にお納め下さい。参列の必要はご ざいません。

病気平癒や厄除け等の申込書はそれぞれ別にあります。

六月三十日と十二月三十日は大祓式です。大祓の形代を受けてお名前と年令を書き神社に お届け下さい、半年間のお祓いを致します。十二月三十一日には古札焼納式があリます、 お納めになった古い神札、神具等を夕方七時頃から元日早朝までお焚き上げして居リます。

初詣

除夜祭に続き除夜の太鼓、元日の午前零時から一時間余り、初詣の方に神酒を授与し、弓 道部奉仕の餅つきによる福餅の配布・神矢・うそ・宝舟・絵馬の授与等多彩な催しがあり ます。

明けて、歳旦祭は午前六時、其の後初詣の昇殿参拝の方々のお祓いが、終日行われています。

特殊神事と授与品

○ 宝舟の神事 は正月の一日と二日です。

新年に吉を得る縁起の宝舟が授与されます、版画の筆書きの図(霊山筆)と宝貨を積む舟 (野生司香雪画)の二つです。

○ 鶯替えの神事 は正月の二十五日です。初天神の此の日、凶を祓い吉を迎える行事で、 旧年の鶯を神前に納めて罪を滅ぼし、新しい鶯と受け替えます。桧製で当社の手作リ、頭 に金紙のあるのは特に吉兆と喜ばれます。遠くから見える方々の便宜を計リ、正月三が日 にも授与しています。

○ うけらの神事 は二月節分の日の夕方行います。病の鬼を祓う古式床しい追儺式で「 蟇目式」「うけら焚き」「病鬼との問答」「豆まき」等の神事が続きます。当日は「追儺 の神札・神矢」の他に一年間を無病健康に過せる「うけら餅」や「鬼討豆・福杓文字・追 儺の絵馬」が受けられます。

○ 絵馬の神事 その年の絵馬や御祭神に縁の絵馬のほかに、祈願絵馬があリます。祈願 絵馬は「開運の宝舟」と「必中の的絵馬」で、裏に祈願と名前を書き所定の場所に納めま す。 ○ 其の他 命名、初宮詣、七五三祝、成人祭、結納式、結婚式等の諸式、家運繁栄、合 格、厄除、新車祓、旅行・交通安全等の諸祈願、地鎮祭、上棟式、竣工式、開店祓、稲荷 祭、各種の修祓式等の祭事は、早目にお申込下さい。

又、会社での新年参拝や社業繁栄・安全祈願なども受付にあります用紙で事前にお申込み 願います。

七福社と拝観

正面南階段を降リてすぐ右の所に七福神をおまつリしてあります。江戸初期、上野の山の 繁栄を願って、山内の各入口に祀った中の一つと云われます。その他の拝観出来ますもの は、拝殿の八十八種の薬草・水草の天井絵(祭日)、赤穂義士遺品や遺墨(十二月十四日 に展示)、社殿の右後の虎徹の井戸、庚申供養塔、独活大王墓石(陰陽石)などがあります。


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