長谷寺 HASEDERA TEMPLE 20.MAY.2001 天空仙人の神社仏閣めぐり

長谷寺ホームページ


長谷寺 仁王門 長谷寺

「仁王門」

「長谷寺」

NIOU-MON

HASEDERA

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長谷寺 登廊

「登廊」

「登廊」

TOUROU

TOUROU

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「外舞台」

「長谷型灯籠」

SOTO BUTAI

HASEGATA TOUROU
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五重塔

「五重塔」

「五重塔」

FIVE STORED PAGODAFIVE STORED PAGODA
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石楠花

「石楠花」

SHAKUNAGE

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長谷寺 西国観音霊場第八番

HASEDERA TEMPLE

奈良県桜井市初瀬731の1

731-1,HASE,SAKURAI-SHI,NARA

TEL:0744-47-7001


長谷寺縁起

当山は山号を豊山(ぶざん)と称え、寺号を長谷寺(はせでら)と申します。

「こもりくの泊瀬山」と万葉集にうたわれていますように、この地は昔は豊初瀬 (とよはつせ)、泊瀬(はつせ)などと美しい名でよばれていたので、初瀬寺、 泊瀬寺、豊山寺とも言われていました。

朱鳥(あかみどり)元年(686)道明上人は天武天皇のおんために銅板法華説相図 (千仏多宝仏塔)を西の岡に安置され、のち神亀四年(727)徳道上人は、 聖武天皇の勅を奉じて、衆生のために東の岡に十一面観世音菩薩をおまつりに なられました。

上人は観音信仰にあつく、西国三十三所観音霊場巡拝の開祖となられた大徳であり、 当山を三十三所の根本霊場と呼ぶいわれであります。

現在長谷寺は真言宗豊山派の総本山として、また西国三十三観音霊場第八番札所として、 全国の末寺三千余ケ寺、檀信徒はおよそ三百万人といわれ、四季を通じ「花の寺」として 多くの人々の信仰をあつめています。


本堂・本尊十一面観世音菩薩(重文)

本堂(重文)は舞台造り、南面入母屋造本瓦輩の大殿堂で、奈良東大寺大仏殿に 次ぐ最大級の建造物で間口柱間九間・奥行五間の正堂、九間・四間の礼堂の南に 更に五間・三間の外舞台がある独特の建築です。

現在の本堂は慶安三年(1650)徳川三代将軍家光公の寄進により再建されたものです。

  本尊十一面観世音菩薩(重文)は御身の丈三丈三尺六寸(十米余)、光背四丈一尺(十二米余) 楠の霊木で造られている我国最大の木造仏で、現在の御本尊は天文七年(1538)仏師 東大寺仏生院実清良覚の作と伝えられています。 金色に輝く御尊像で、右手には錫杖と念珠、左手には蓮華を挿した水瓶をお持ちの方形の 石の上に立つ独特のお姿で、これは観音・地蔵の御徳を併せ持った世に長谷型観音と 称せられる御尊像で、慈悲の深さを表わしています。

 外舞台から眺める境内は絶景で春は桜、牡丹、夏はあじさい、秋は紅葉、冬は寒牡丹と花の寺にふさわしく、さながら観音浄土を想わせ、心が洗われる想いです。

  登廊の周辺の牡丹は唐の皇妃馬頭夫人の献木と伝えられ、現在では150種類、7000株におよぶ日本一の大牡丹園です。


仁王門(重文)

長谷寺の総門で、額は後陽成天皇の御辰筆、楼上に十六羅漢、両脇に仁王像を 安置。初めは平安時代、一条天皇の御代。幾度か火災にあい、現在のは明治十八 年(1885)の再建。


登廊(重文)

百八間、一二九九段、回廊形式の登廊。初めは後朱雀天皇の長暦三年(1039) 春日大社の社司中臣信清が子の病気平癒御礼に寄進したもの。現在の第一、第二 登廊は明治二十二年(1889)の再建。長谷型灯籠が気品をそえています。

長谷寺しおりより


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