被官稲荷神社(ひかんいなり じんじゃ)    Hikan Inari Jinja  天空仙人の神社仏閣めぐり


被官稲荷神社 鉄砲狐
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被官稲荷神社(ひかんいなり じんじゃ)

Hikan Inari Jinja

東京都台東区浅草2−3−1

2-3-1,Asakusa,Taito-Ku,Tokyo

東京メトロ銀座線・都営地下鉄・東武伊勢崎線「浅草」駅から徒歩約5分


安政元年(1854)新門辰五郎の妻女が重病で床に伏した時、山城の国(現在の京都府西部)の伏見稲荷社に祈願した。

そのかいあって病気が全快、同二年お礼の意味を込め伏見から祭神を当地に勧請し小社を創建して、被官稲荷神社と名づけた。

被官とは「出世」と解せば良い。

新門辰五郎は、町火消し十番組の組頭として多彩な活躍をした。


安政元年(1854)、新門辰五郎の妻女が重病で床に伏したとき、山城国(現、京都府南部)の伏見稲荷社に祈願した。 その効果があって病気全快、同2年、お礼の意味を込め、伏見から祭神を当地に勧請し、小社を創建して被官稲荷社と名付けた。 名称の由来は不詳だが、被官は「出世」と解せば良いという。

辰五郎は上野寛永寺住職輪王寺宮の家来、町田仁右衛門の養子。本姓は町田であった。 輪王寺宮舜仁法親王が浅草寺伝法院に隠居し、上野へ行くのに便のいい新門を造った。 その門の番を命じられたので、新門辰五郎と呼ばれた。 辰五郎は町火消十番組の組頭としても、多彩な活躍をした。

社殿は一間社流造、杉皮葺。創建以来のもの。 間口約1.5メートル、奥行約1.4メートルと小さいが、覆屋を構えて保護している。 覆屋は大正期の建築であろう。社前には、「安政二年九月立之 新門辰五郎」と刻む鳥居ほかがある。

平成4年11月

境内 台東区教育委員会の案内板より


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