武蔵一宮 氷川神社(おおみや ひかわ じんじゃ)    Hikawa Jinja Shrine    30 March 2002   天空仙人の神社仏閣めぐり

氷川神社

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氷川神社 神橋&参道 氷川神社 楼門
「神橋&参道」「楼門」
Shinkyo BridgeTwo-storied gate
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氷川神社 拝殿 氷川神社
「拝殿」
Oratory
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氷川神社 廻廊 氷川神社 門帳
「廻廊」「門帳」
CorridorCurtain of Gate
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氷川神社 氷川神社 舞殿
「舞殿」
Maiden
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氷川神社 神橋 氷川神社
「神橋」
Shinkyo Bridge
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氷川神社 絵馬 氷川神社 絵馬
「絵馬」「絵馬」
Votive pictureVotive picture
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大宮氷川神社 (おおみや ひかわ じんじゃ)

埼玉県さいたま市高鼻町1−407

TEL 048−641−0137(代)

JR京浜東北・高崎線大宮駅から徒歩約15分


ご利益

縁結び、厄除け、家内安全、交通安全


御祭神

須佐之男命(すさのおのみこと) 稲田姫命(いなだひめのみこと) 

大己貴命(おおなむちのみこと)

例祭日 8月1日


御由緒

今から二千四百余年の昔、第五代孝昭天皇の御代三年四月の御創立聖武天皇の御代各国に一の宮の 制を定められた時、武蔵一の宮と称えられ、醍醐天皇の朝に定められた延喜式には名神大社として 月次新嘗祭上官幣に預かり、又臨時祭にも奉幣に預かったことが記されています。

明治の御代に至っては元年(1868)10月28日明治天皇当神社に行幸、御親祭なされ、当国 の鎮守勅祭の社と定めさせられ、次いで4年5月官幣大社に列せられました。年々の例大祭には勅 使の御差遣、東游の御奉納などがあり、荘重厳粛な祭儀が行われます。

又、氷川神社名の社は大宮を中心に、埼玉県下及び東京都下、神奈川県下に及びその数は二百八十 数社をかぞえます。武蔵野国造の子孫がこの大宮の地を本拠として民族的政治的に著しく発展した ことを物語っているものと考えられます。


社殿の沿革

上代のことは詳かにすることは出来ませんが、治承四年(1180)源頼朝公が土肥次郎実平に命 じて社殿を再建、文禄五年(1595)八月には徳川氏、伊奈備前守忠次を奉行として、社頭を残 らず造営せしめ、次いで寛文七年(1667)三月には阿部豊後守を奉行として社殿の建立をして おります。

以後幾度の御改造あって今の御社殿は昭和十五年(1940)六月の竣成で、流造りであります。

武蔵一宮  氷川神社略記


氷川神社は、社記によると第五代孝昭天皇の三年四月未の日の創立と伝えられる。

当神社は、古くから歴朝や武将の尊崇をあつめた由緒ある大社としてその歴史を誇っており、「大 宮」の地名もこの氷川神社に由来することは衆知のとおりである。

古くは景行天皇のとき、日本武尊が東征のおり当地に足をとめて祈願され、また成務天皇のとき、 武蔵国造となった兄多毛比命が出雲族を引きつれてこの地に移住し、氷川神社を奉崇したと伝えら れる。その後、聖武天皇(724〜49年)のとき「武蔵国一の宮」と定められ、ついで称徳天皇 の天平神護二年(766)には、朝廷から武蔵国では当社だけに封戸(三戸)が寄進された。さら に醍醐天皇の延長五年(927)の「延喜式神明帳」には、名神大社として破格の月次新嘗の社格 が与えられている。

このほか、鎌倉時代には、治承四年(1180)に源頼朝によって社殿の再建と社領三千貫が寄進 されたといわれ、足利、北条氏も相次いで尊仰した。その後、江戸時代の慶長九年(1604)に は、徳川氏より社領三百石が寄進され、また、文禄五年(1596)と寛文七年(1667)には 社頭の整備と社殿の造営が行われている。

その後、明治元年(1868)東京遷都に際し、当社を武蔵国の総鎮守「勅祭の社」と定められ、 明治天皇みずから親拝になった。同四年官幣大社となり、同十五年に本殿・拝殿などを改造し、さ らに昭和十五年に本殿・拝殿・回廊などを造り変え、現在の景観となっている。

祭神は須佐之男命・稲田姫命・大己貴命。

例大祭は八月一日。そのほか神事の中で特に有名なのが十二月十日の大湯祭である。

境内 埼玉県 大宮市 案内板より


由緒

氷川神社は今から凡そ二千有余年前、第五代孝昭天皇の御代三年四月未の日の御創立と伝えられま す。当神社は、歴朝の御崇敬・武将の尊敬も篤く、景行天皇の御代日本武尊は東夷鎮圧の祈願をな され、成務天皇の御代には出雲族の兄多毛比命が朝命により武蔵国造となって氷川神社を専ら奉崇 し、善政を布かれてから益々神威輝き、格式高く聖武天皇の御代武蔵一宮と定められ、醍醐天皇の 御代に制定された延喜式神名帳には名神大社として、月次新嘗案上の官幣に預り又臨時祭にも奉幣 に預っています。武家時代になってからは鎌倉、足利、徳川の各将軍家等相継いで尊仰し、奉行に 命じて社殿を造営し社領を寄進する等、祭祀も厳重に行われていました。

明治の御代に至っては明治元年、都を東京に遷され当社を武蔵国の鎮守・勅祭の社と御定めになり 天皇御親ら祭儀を執り行われました。次いで明治四年には官幣大社に列せられました。

昭和九年昭和天皇御親拝、昭和三十八年今上陛下が皇太子時に御参拝になられ、昭和四十二年十月 、明治天皇御親祭百年大祭が執り行われ社殿、その他の諸建物の修復工事が完成し、十月二十三日 昭和天皇・皇后両陛下御揃いで親しく御参拝になられました。昭和六十二年七月には天皇・皇后両 陛下(当時皇太子・同妃殿下)が御参拝になられました。


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