堀之内やくよけ祖師 妙法寺    (ほりのうち みょうほうじ)    Horinouchi Myohoji Temple  天空仙人の神社仏閣めぐり

堀之内やくよけ祖師 妙法寺 Official Page
堀之内 妙法寺 写真 堀之内 妙法寺 写真
「山門」「祖師堂」
SanmonSoshido
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「鉄門」「扁額」
TetsumonHengaku
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「本堂」「日朝堂」
HondoNicchodo
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「二十三夜堂」「報恩門」
Niju-San-Ya-DoHoonmon
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「金剛力士像 阿像」「金剛力士像 吽像」
Kongo-Rikishizo A-ZoKongo-Rikishizo Un-Zo
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「浄行菩薩像」「子連れ狛犬」
Jogyo BosatsuzoKozure Komainu
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堀之内やくよけ祖師 妙法寺(ほりのうち みょうほうじ)

Horinouchi Myohoji Temple

東京都杉並区堀の内3−48

3-48,Horinouchi,Suginami-Ku,Tokyo

東京メトロ丸の内線新高円寺駅から徒歩約10分


杉並・堀之内の妙法寺に行ったことがありますか?

もし、まだいらしたことがなかったら、それは大損害。

なにしろ、300年の長い歴史を誇る妙法寺は、「やくよけ祖師」として有名な、 日蓮聖人の「祖師御尊像」を奉安する祖師堂を始め、縁結び・財運を呼ぶ「二十三 夜尊」を奉る二十三夜堂、勉学と眼病の守護人でもある日朝上人を奉る日朝堂など、 数々のお堂のほか、仁王門・鉄門・御成の間など、東京都指定文化財や国指定重要 文化財とされる由緒ある建造物が沢山あるのです。

また、境内には歴史をひもとく書や画、部屋の様式など、日本の歴史を目の当たり にすることもできます。お寺というと、どこか堅苦しくて近寄りがたい存在に思わ れがちですが、実は誰にとってもとても身近な場所です。人は、いつでも心の奥に 願い事を秘めて生活しています。心の不安をどこかに置いてしまいたいとき、願い 事が叶ったとき、妙法寺にいらっしやいませんか?散策にも最適です。

@仁王門(山門) 最初にくぐる「仁王門」。二層造りのため楼門(二階造り)とも呼ばれ、上層には 廻棟をめぐらし、獅子・龍・花などの彫刻が絢爛にほどこされています。左右一体 の金剛力士像は、仁王さまとも言われ筋肉りゆうりゆう。右の像は口を大きく開け て「あ」と叫び、左の像は口をぐっと結んで「うん」の形。 「あうん」の呼吸でお寺を守っているというわけです。

(昭和40年、東京都指定有形文化財となる)

A額堂

仁王門を入ると、左手にあるのが「額堂」。文化11年(1814年)に建てられ ました。 ここは、いわば絵馬のアートギャラリー。オープンスペースになっているので、ど なたでもお気軽に巨大絵馬が鑑賞できます。

B鐘楼

「鐘の音は妙法の声、鐘を打てば仏と一つになる」という意味の文字が刻印されて います。 恒例の大晦日から元旦にかけての除夜の鐘は、この妙法の鐘が界隈に鳴り響きます。 この梵鐘が鋳造されたのは享保4年(1725年)です。

C天明の水

天明2年(1785年)日研上人が渇水の為に掘った井戸が、未だに枯れること なく清水をたたえています。妙法寺の水屋とされる所以もここにあります。

D鉄門

明治11年(1878年)、英国人コンドル博士設計による貴重な和洋折衷様式の門。 鹿鳴館・上野博物館・ニコライ堂などを手掛けたコンドル氏に依頼したのは、時の住職。 当時は、斬新なデザインだった鉄門なので、ものめずらしさに来寺する人も多かったとか。 おそらく日本寺院の門としては特殊なめずらしい存在でもあります。 (昭和48年、国指定重要文化財となる)

E祖師堂

仁王門をくぐると、目の前に見えるのが祖師堂。日蓮聖人の「祖師御尊像」、つまり 「やくよけ祖師像」が奉安されている、妙法寺では一番大きなお堂です。 私たちは、この祖師像を「おそっさま」と呼んでいます。やくよけ・家内安全・病気 等の祈願をされたい方は、開帳した「おそっさま」に会うことが可能です。 天井や壁が金箔で覆われた堂内には、迦陵頻伽(極楽または雪山にいるという想像上 の鳥)の彫物、廣目天・増長天(仏の住む須弥山の中腹には東西南北の門があり、西 方を守護する神と南方を守護する神)のお像があり、まさに絢爛豪華。

(昭和35年、東京都指定有形文化財となる)

★ご祈願を希望される方は、随時堂内の受付で承っております。

F本堂(三軌堂)

祖師堂のすぐ後ろにあるのが、本堂。ここは、主に、檀家の方々の法要行事などに使 われています。 正面に奉安されている「おそっさま」は、出開帳といって、昔、多くの人々が祈祷で きるように持ち出されたお像です。 左側に奉安されている立像は「旭ケ森のおそっさま」。朝日に向かい法華経のお題目 を唱える様子を現しています。絢爛さが目を引く祖師堂と違い、おちついた雰囲気が 特色になっています。

「三軌」とは如来の衣・座・室を表すもので、文政5年(1819年)に建立された 妙法寺の心臓ともいえるお堂です。

★毎月3日、本堂で諸霊の供養を行っています。水子供養その他、諸霊の供養をご希 望の方は、ご参加ください。

G五重塔

妙法寺の五重塔は、石造りの簡素なものです。新しく作り替えようという案が出た とき、お金は人のために使いたいとの精神から、学校を設立。それが、1927年 設立の『東京立正』です。 当時、男女平等の声が高まる中、いち早く女子教育に力を注ぎました。現在は生徒 数1500人を越える学校になっています。

H有吉佐和子の碑

『複合汚染』『恍惚の人』などのベストセラーで知られる作家の有吉佐和子さんは 妙法寺のすぐ近くに住んでいました。 境内を通って帰宅されることが多かったということです。ご当人はキリスト教の信 者だったのですが、妙法寺をこよなく愛されていたので、周囲の方のお勧めで「有 吉佐和子の碑」が境内に作られました。

I日朝堂

「学問と眼病の守護」・日朝上人の尊像が奉安されています。 室町時代、勉学の第一人者といわれた日朝上人。まさに、勉強のしすぎから眼病に。 回復後、自分が眼を患う人々を治してあげたいと大願を立てた所以から、眼病の神 様としても崇められるようになりました。 学業増進・入学祈願が叶うことから、特に受験シーズンになると大勢の人々が日夜 訪れるようになりました。 絵馬による祈願も盛んに行われています。また、合格された人からの報告も沢山寄 せられています。

J二十三夜堂

23日の夜、月待をすれば願い事が叶うとされる「二十三夜信仰」。妙法寺では、 18世日観上人の頃から始まり、毎月23日には屋台が並ぶ縁日として賑わいます。 お堂も23日だけ開き、財運・縁結びを願う人々が来寺。とくに白蛇が化石にな った様な「なで石」を触るとご利益があると評判です。

K浄行さま

二十三夜堂のすぐ横にある「浄行さま」のお像を清水で洗い、祈願することによ って、病気治癒・家内繁栄を呼ぶとされています。古い石像ですが、独特の光沢 を宿されています。 祈願成就を願う信者の方々は千羽鶴などを作って、浄行さまに供えます。

L大玄関

妙法寺で行われる特別行事のときに使う玄関。格の高い住職しか入れない玄関と されています。 ここは本堂の玄関口でもあります。一段と静寂が保たれた内奥に位置して、格調 高い門構えとなっています。

M御成の間

歴代の徳川将軍が野遊の折り、使われた部屋。天井・床の間・腰障子には、狩野 幽玄常信の筆による画が描かれています。 将軍が使ったお手洗、将軍が座る一段高い座敷など、当時ありのままがうかがえ る所が興味をひきます。

(昭和40年、東京都指定有形文化財となる)

N書院庭園

御成の間と、諸大名の使者が来寺の際、応接間として使った座敷「使者の間」と の間には書院があり、ここから手入れの行き届いた庭園がよく見えます。四季折 々に触れ、緑溢れる庭園をご鑑賞ください。

O回廊

ここまでご案内した全ての建物は、一つの回廊で結ばれています。 妙法寺にしかない特色の一つでもあります。火災予防上の問題もあって、一般公 開は不可能ですが、回廊に沿って寺院内を歩くことができます。

P子育観音

平成12年の3月31日に、建立された子育観音。赤子を抱いて穏やかな表情を した観世音菩薩です。 「南無観世音菩薩念彼観音力(ねんぴかんのんりき)」と一声大きく唱えれば、 男の子も女の子もすくすく育ちます。


厄除けお祖師さま

(おそっさま)のいわれ

1261年、日蓮聖人が伊豆御法難のときのこと。鎌倉由比ケ浜から船出をし、伊豆伊東 の俎岩に向かうとき、師孝第一の筑後房日朗上人が船に近づいて日蓮聖人にお供しようと しました。それを見た役人が怒り、櫂で日朗上人の腕を打ち砕くと、波打ち際に倒れた上 人を見捨てたまま船を漕ぎだそうとしたのです。

その様子を見ていた日蓮聖人は、「旭が東天に輝くときは、汝の無事であることを思う。 日が西に照るのを見たら日蓮は伊東で無事であることを知れ。法華経を身に読んで、或い は流され、或いは打たれるという如来の金言は少しも違わない妙法の流布は疑うべくもな い、いざさらば大法の御ため、その身を愛せよ」という言葉を残し、船は消えていきまし た。

日朗上人は、日蓮聖人の言葉を力に鎌倉に留まり、日夜、由比ケ浜にたたずんでは伊豆の 方角を望み、師の安否を祈念していました。ある夜、沖から不思議な光を放って漂ってく るものをみつけ、近づいてみるとそれは浮木の光。この霊木を拾った日朗上人は、日蓮聖 人の尊像を彫刻し、生ける御師にお仕えするように、昼夜恭敬礼拝しました。

祈りのかいあってか、日蓮聖人は許されて鎌倉に戻ります。さっそく、彫刻した尊像を日 蓮聖人に見せると、聖人自ら開眼し、魂を留めました。これが、日蓮宗における聖像彫刻 の始め。この時、日運聖人が42歳だったことから、後にこの霊像を「やくよけ日蓮大菩 薩」と呼ぶようになりました。現在、妙法寺にあるのが、その一体です。

出典  お楽しみ 妙法寺めぐり より


妙法寺

本寺院は日円山と号し、日蓮宗の寺で十界諸尊と祖師像が祀られています。 開基は不明ですが、中興開山は妙仙院日円といい、元和7年(1621)寂したと伝えられています。

寺伝によれば、祖師堂の日蓮像は、日蓮聖人が42歳の時法難にあい伊豆に流された折、 同行を許されなかった日朗上人が、鎌倉の岸辺に流れ着いた霊木を得て、祖師の御影を刻んだものと言われております。 その後、目黒の法華寺からこの寺に移され、俗に「堀の内厄除祖師」として信仰されてきました。 11代将軍徳川家斉や12代家慶が当書院に立寄って休息されたことから、いっそう有名になりました。

毎月の13日、23日は縁日です。 とくに元旦、節分会、5月の千部会、3月、9月施餓鬼会、10月の御会式には、江戸時代から善男善女、文人墨客で境内は足の踏み場もない程の賑わいで、浅草観音と並び称せられたと古書に記されています。

現在当寺には、国指定重要文化財の鉄門をはじめ、都指定有形文化財の祖師堂、書院、仁王門、麻布油絵日蓮聖人像。 その他仏像、絵馬堂、文人の碑など多くの文化財が保存されております。

 昭和54年2月1日

杉並区教育委員会 説明板より


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