大阪 生国魂神社(いくくにたま じんじゃ)      Ikukunitama Jinja Shrine       18.March.2007          天空仙人の神社仏閣めぐり


生国魂神社 生国魂神社
「鳥居」「拝殿」
ToriiHaiden
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生国魂神社 生国魂神社
「拝殿」
Haiden
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生国魂神社 生国魂神社
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生国魂神社
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生国魂神社 いくたま天満宮 生国魂神社
「いくたま天満宮」
Ikutama Tenmangu
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生国魂神社 鴫野神社 生国魂神社
「鴫野神社」
Shigino Jinja
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生国魂神社 生国魂神社
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生国魂神社 源九郎神社 生国魂神社
「源九郎神社」
Genkuro Jinja
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生国魂神社 城方向八幡宮 生国魂神社
「城方向八幡宮」
Kita-muki Hachimangu
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生国魂神社 鞴神社 生国魂神社
「鞴神社」
Fuigo Jinja
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生国魂神社 家造祖神社 生国魂神社
「家造祖神社」
Yazukuri-mioya Jinja
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生国魂神社 浄瑠璃神社 生国魂神社
「浄瑠璃神社」
Jyoruri Jinja
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生国魂神社(いくくにたま じんじゃ)

Ikukunitama Jinja Shrine

大阪府大阪市天王寺区生玉町13―9

13-9,Ikutama-cho,Ten-noji-ku,Oosaka


難波大社生國魂神社略誌

生國魂神社(生玉さん)

旧官幣大社

御祭神

生島大神  足島大神  大物主大神(相殿神)

御神徳

生成発展・五穀豊穣・健康長寿・縁むすび・社運隆昌・家内安全

生島・足島大神は国土・大地の守護神であり、大地に生を受けるものすべてを守護される広大無辺 の御神徳があります。

大物主大神は世に「ダイコクさん」として知られ、人間生活万般を守護される神様です。

御由緒

社伝によれば、神武天皇が九州より難波津にお着きになった際、現在の大阪城付近(のちの石山碕) に、生島大神・足島大神を祀られたのが当社の創祀と伝えられています。そののち、相殿神として 大物主大神をお祀りされています。

当社についての初見は、『日本書紀』孝徳天皇(七世紀中頃)に「生國魂社」と記されており、平 安時代の『延喜式』には、「難波坐生國咲國魂神社」二座と記され、御祭神は特別に生島巫によっ て祀られるなど、国家の祭祀(八十島祭)の社として知られています。

中世では当社に隣接して「石山本願寺」が建てられ、そして天正十一年(1583)に豊臣秀吉公 が大阪城築城のため、社領を寄進し社殿を造営し、同十三年(1585)に現在の鎮座地に遷され たと伝えられています。

そののちも豊臣・徳川と時代の変遷はありましたが、両家の保護のもとに神域は守られ、以来 「難波大社」の尊称をもって広く朝野の信仰を集め、明治には官幣大社に列せられるなど、国土の 守護神・大阪の総鎮守として人々に崇敬されています。

御社殿

本殿は、「生國魂造」と呼ばれる他に類をみない建築様式であり、本殿と幣殿は一つの流造りでふ きおろし、正面の屋上に千鳥破風・すがり唐破風・さらに千鳥破風の三破風をすえたものになって います。

社殿は明治四十五年の「南の大火」、昭和二十年の戦災による焼失、同二十五年の「ジェーン台風」 により総檜素木造の御本殿が倒壊し、現在の社殿は昭和三十一年に鉄筋コンクリート造で建てられ たものです。

□大阪三大夏祭り いくたま夏祭(毎年七月十一目・十二日)

大阪三大夏祭りのトップを切って行なわれるのが「いくたま夏祭」である。大阪の夏祭りは「いく たま夏祭」に始まり、天神祭、そして住吉祭で締めくくるζ言われている。ことに「陸」の生玉、 「川」の天神と並び称され、明治より昭和初期には一千名を越える「渡御列」で賑わったことが記 録されている。その後、戦火などにより御鳳輦など数々の道具類を失ったが、往時の伝統が今に受 け継がれ、夏の風物詩として多くの浪花っ子に親しまれている。

境内社

皇大神宮・住吉神社・天満宮

◎「女性の守護神」鴫野神社(巳さん)

淀君ゆかりの神社である。大阪ビジネスパーク(OBP)の辺りはかって「弁天島」と呼ばれてい た。その一画に弁天社「鴫野の弁天さん」が祀られてあり、弁天社はその昔、大阪城の淀君の崇敬 が殊のほか篤く、後には弁天社の隣りに「淀姫社」として祀られるようになった。そして女性の守 護神として心願成就、縁結びから悪縁切りまで霊験あらたかとの評判を呼び、毎月「巳の日」を縁 日としてお参りする人が群れをなしたと伝えられている。俗に「巳さん」と呼ばれた由縁である。

その後、弁天島用地買収に伴ない大阪城に縁の深い当社に移され、鴫野神社として祀られている。 今日も「心願成就の絵馬」が奉納され、女性の篤い信仰が続いている。

◎「芸能上違の神」浄瑠璃神社

近松門左衛門を始め文楽関係物故者をお祀りする。文楽関係者はもとより、広く日本舞踊.琴など お稽古ごとの上達の神さまとして信仰を集めている。 因みに近松門左衛門の「曽根崎心中」や「生玉心中」は当社の境内が舞台である。

◎「勝運・方除の神」城方向八幡宮

大阪城鬼門の守護神としてお祀りされていたことから、城方向(北向−きたむき)と称する。古来 「八幡宮」は武神として崇敬厚く、当社では勝運・方除けの神さまとして信仰を集めている。

この城方向八幡宮はもともと蓮池(現在の生玉公園の地)のあった一区画にお祀りされ、往古の御 弓神事(一月十三日)や走馬神事(五月五日)には、大阪城中の諸士により射術・流鏑馬を競った ことで知られている。

◎「土木建築の神」家造祖神社

「やづくりみおや」と読むが、その名のとおり家造りの祖神をお祀りする。土木建築業界の関係者 を始め、各家庭の普請造作の神さまとして信仰を集めている。

◎「金物・カマドの神」鞴神社

日本中に鞴祭りは数あれど、鞴神社は当社のみ。鞴(ふいご)とは火熾しの道具のこと。製鉄・製 鋼・機械工具などを商う金物業界の守護神として、また各家庭のカマドの神さまとして信仰を集め ている。例祭(十一月八日)には刀剣鍛錬神事があり、刀匠による鍛錬の実践が行なわれる。

境内社には他に、「稲荷神社」「源九郎稲荷神社」「精鎮社」がお祀りされている。

大阪文化と生玉さん

○大阪薪能(毎年八月十一日・十二日)

石山本願寺のあった(大阪城築城前)天文十五年(1546)に、生國魂神社に「能」が奉納され たという故実にならい、昭和三十二年から当社境内で開催されている。かつて当社が大阪城付近に 鎮座していた頃から数えて四百年の時を越えての演能は、大阪を代表する夏の風物詩として諸外国 の人々にも大いに親しまれている。

○彦八まつり(毎年九月第一十・日曜日)

京都で露の五郎兵衡(1643〜1703)によって始められた上方落語は、大阪では当社を舞台 に米澤彦八が広めたと伝えられている。当時、当社の境内に蓮池(現在の生玉公園)があり、芝居 や見世物小屋が軒を連ねて多種多様な芸能が行なわれていた。なかでも軽口囃や「しかた物真似 (役者の身振りや声色の真似)」を演じていたのが米澤彦八で、市中の評判は高く大いに賑わって いたと伝えられている。近年「上方落語の祖」としての偉業を偲び、境内には記念碑が建立される と共に、上方落語協会の人気落語家が勢揃いしての「彦八まつり」が盛大に催されている。

○井原西鶴

「世間胸算用」「好色一代男」などで知られる井原西鶴は、俳人としても秀でた才能を持っていた。 延宝八年(1680)に三十九歳の西鶴は、当社の境内(別当南坊)で一昼夜をかけて矢数俳諧を 行い、一人で四千句を詠み上げた。その偉業を称え、今日は緑に包まれた南坊跡に西鶴の座像が建 てられている。

○生玉人形

生國魂神社の参道で売られていたのが「生玉人形」である。胴体の竹ひごを動かす操り人形で、大 名や武士、彦八など七種の人形があった。かっては大阪の名玩具として、昭和初期まで伝わっていた。

行宮(御旅所) 市内中央区本町橋に鎮座。

生国魂神社 しおり より


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