清正公(覚林寺) Seisho-Koh Kakurin-ji Temple 18.OCT.1997 26.May.2007 天空仙人の神社仏閣めぐり


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扁額 破魔軍

「本堂」

「扁額 破魔軍」

HondouHengaku
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加藤家 家紋 桔梗紋 加藤家 家紋 蛇の目紋

「加藤家 家紋 桔梗紋」

「加藤家 家紋 蛇の目紋」

Kikyou-monJanome-mon
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「浄行さま」

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覚林寺

「覚林寺」

KAKURIN-JI


勝守

「勝守」

KACHI MAMORI

清正公(覚林寺)

Seisho-Koh Kakurin-ji Temple

東京都港区白金台1−1−47

1-1-47,SHIROKANE-DAI,MINATO-KU,TOKYO

TEL. 03-3441-9379

アクセス

都営三田線白金高輪駅から徒歩で5分

都営三田線白金台駅から徒歩で5分

東京メトロ南北線白金高輪駅から徒歩で5分

東京メトロ南北線白金台駅から徒歩で5分


加藤清正公は、尾張に生まれ、12歳の時に長浜城主であった豊臣秀吉に仕えた。

賤ヶ岳七本槍の一人に数えられるほど勇猛で、安土桃山時代に活躍した武将。

加藤清正は武将としての力量もさることながら、築城、治水、干拓など優れた 土木技術の専門家としても今日高い評価を得ています。

これによりこのお寺では、江戸時代から庶民に信仰され、建築、治水等の祈願者が多い。

日本三大名城の一つとして数えられる熊本城主としても名高い。

清正公は、朝鮮出兵の際(文禄・慶長の役)に、朝鮮国の王子を連れ帰り養育した。

清正公は熱心な法華経の信者で、その影響を受け成長した王子は、やがて出家し、 小湊の誕生寺住職となった。この日延上人が、寛永8年(1631)、熊本藩の 中屋敷だった現在地に覚林寺を開き、清正公を祀った。

清正公大祭(毎年5月4・5日)では、清正公像が特別開帳され、「勝守り」が 授与される。

武運の強かった清正公にちなんだ「勝守り」は、あらゆる勝負に勝つ という意味を持つ。大祭に限り、菖蒲の入った勝守りを受けることができる。

菖蒲が、勝負や尚武に通じ、縁起がいいとされ、江戸時代から人気が高かった。

また、「開運出世祝鯉」という、紙でできた30センチほどの鯉のぼりも授与され、 子供の成長を願う参拝者に人気だ。 

本堂の扁額には「破魔軍」という勝軍祈願を込めた字が書かれており、 現在拡大解釈され、受験の勝負に勝つ御利益に変身しています。

なお、山手七福神(目黒)の毘沙門天(びしゃもんてん)も祀られている。


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