紀三井寺   KIMIIDERA TEMPLE    10.FEB.2005 天空仙人の神社仏閣めぐり

紀三井寺 OFFICIAL PAGE


「護国院楼門」

GOKOKU-IN ROHMON
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「結縁坂」

「本堂」

KECHIEN ZAKAHONDO
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「多宝塔」

「六角堂」

TAHOTOROKKAKU-DO
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「鐘楼」

「清浄水」

SHOROSEIJO-SUI
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「身代わり大師絵馬」

「お願い木地蔵」

MIGAWARI TAISHI EMAONEGAI KI-JIZO
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紀三井寺  

KIMIIDERA TEMPLE

和歌山市紀三井寺1201

1201,KIMIIDERA,WAKAYAMA-SHI,WAKAYAMA


紀三井寺 概観

 この度は、ご霊験もあらたかな、当紀三井寺の観音様とご仏縁を結ばれまして何よりに存じます。

紀三井寺は、今より凡そ千二百年昔、奈良朝時代、光仁天皇の宝亀元年(AD770) 唐僧為光上人によって開基された霊刹です。  為光上人は、伝教の志篤く、身の危険をも厭わず、波荒き東シナ海を渡って、我国に到来されました。

 そしてひたすら諸国を廻り、観音様の慈悲の光明によって人々の苦悩を救わんが為 仏法を弘められました。行脚の途次、たまたまこの地に泊り、夜半山頂のあたりに霊光を観じられ、 翌日登頂してそこに金色燦然として輝く千手観音様の尊像をご感得になりました。

 上人は「この地こそ観音慈悲の霊場、仏法弘通の勝地なり」とお歓びになり、 本地仏、十一面観世音菩薩の尊像を、自ら一刀三礼して刻み、一宇を建立して 安置されたのが当山の最初といわれています。

  その後歴代天皇の御幸があり、又御白河法皇は当山を勅願所と定められ、 以来紀三井寺は広く人々の幸福を祈願する祈祷大道場となりました。

 紀三井寺とは、紀州にある三つの井戸のあるお寺ということで名付けられたといわ れ、今も境内には、三井より清浄水がこんこんと湧出して年中絶えることがありませ ん。

 西国観音霊場第二番の札所として名高く、鎌倉時代には止住する僧侶も五百人を越 えたといわれます。

 春は早咲の桜の名所として、観音信仰の隆昌に伴い、踵を接する善男善女は数える にいとまなく、ご宝前には日夜香煙の絶え間がありません。

 古来、文人墨客にして、杖引く人も多く、詩歌に、俳諧に、絵面にと、多くの筆の 跡が残されています。


紀三井寺のエピソード

 「その昔、紀の国屋文左衛門は、若き頃から孝心篤く母を背負いてこの坂(紀三井寺の表坂)を登り、 観音様へお詣りしました。途中ぞうりの鼻緒が切れ、困っているところに玉津島神社の 宮司の娘のかよが通りかかり、鼻緒をすげ替えたのが縁となって、 二人は結ばれ、宮司の出資金によるみかん船で、大儲したという、紀の国屋文左衛門ゆかりの、 この板は結縁坂です。

商売繁昌も良縁成就も、その他何事も、先づは信心からと申せましょう。 観音様に心から願いを掛けましょう」と。

この他にも、紀三井寺にまつわる著名人のエピソードはつきません。


紀三井寺のご詠歌

 ふるさとを はるばるこゝに きみいでら

 はなのみやこも ちかくなるらん

 これは西国第二番、紀三井寺のご詠歌です。今から凡そ一千年程昔、第六十五代の花山天皇が ご退位になり、出家落飾して花山法皇となられて、その昔徳道上人によって開かれた 西国三十三所の霊場を巡拝になり、一霊場一首の短歌を奉納になりました。

 このご詠歌は、「花山法皇がご自身のふるさとである京の都を後にして、幾百里の山河を越えて、 熊野の那智山からはるばるとこゝ紀三井寺まで参られましたところ、折りから丁度水ぬるむ春近き季節で、 こゝまで来るとわがふるさとの花の都、京都も近づいたことであるよ」、 とのご心境をお詠みになったものであろうと思われます。

 しかし、もう一つ仏の道からの解釈によりますと、 「人間が迷いの多い沙婆世界を後にして、観音信仰ただ一すじにおすがりし、一足一足に 南無観世音菩薩とお称えして、この霊場まで参りましたところ、 迷いに閉ざされた心の眼も次第に開けて、花の都、仏様の御浄土も間近なように見えます」 とのお心にも受取ることが出来ようかと思われます。


▲ 紀三井寺 三井(清浄水)

当山の古文書の縁起には、「中の滝を清浄水と号し大士の胡瓶の手より湧出す」。一切衆生の罪垢を洗除して清浄なるを得しむ為也と。

(昭和60年、日本名水百選に選ばれる)


 本日はようこそ御参詣下さいました  紀三井寺は西国三十三所第二番の札所で  「ふるさとを はるばるここに紀三井寺 花の都も近くなるらん」 のご詠歌で知られています

 今から千二百年の昔唐僧為光上人が佛法弘通のため この地に至り風光明媚な名草山に千手十一面観世音菩薩の尊像を感得され ここに梵宇を建立 自ら一刀三礼して造立された十一面観世音菩薩を本願仏としておまつりになったのが 宝亀元年(七七〇)であります 以来巡礼の姿 織るがごとしとたとえられ

現在も日夜香煙の絶えることなく 春は早咲きの桜の名所として 多くの文人墨客が訪れ詩歌に絵画に多く残されています

紀三井寺 しおり より


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