京都 首途八幡宮(かどで はちまんぐう)      Kadode Hachimangu Shrine        天空仙人の神社仏閣めぐり

首途八幡宮 Official Page
首途八幡宮 首途八幡宮
「拝殿」「拝殿」
HaidenHaiden
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首途八幡宮 首途八幡宮
「参道」「提灯」
SandouChochin
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首途八幡宮 首途八幡宮
「鳩の軒瓦」「源義経奥州首途の地石碑」
Hato no Noki-gawaraMinamoto Yoshitsune

Kadode no Chi Sekihi

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首途八幡宮(かどで はちまんぐう)

Kadode Hachimangu Shrine

京都市上京区智恵光院通今出川上ル桜井町102-1

102-1,Sakurai-cho,Imadegawa-agaru,Chikoin-doori,Kamigyo-ku,Kyoto-shi,Kyoto


首途八幡宮

宇佐神宮(大分県宇佐市にある八幡宮の総本宮)から八幡大神を勧請したのが始まりと伝 えられ、誉田別尊(ほんだわけのみこと)(応神天皇)・比淘蜷_(ひめおおかみ)・息 長帯姫命(おきながたらしひめ)(神宮皇后)を祭神とする。

もとの名を「内野八幡宮(うちのはちまんぐう)」といい、平安京の大内裏(皇居や官庁 があった場所)の北東に位置するため王城鎮護の神とされた。

かつてこの地には奥州(東北地方)で産出される金を京で商うことを生業としていた金売 吉次(かねうりきちじ)の屋敷があったと伝えられ、源義経(牛若丸)が奥州平泉に赴く に際し、吉次の助けを得て、ここで道中の安全を祈願して出立したといわれる。

「首途(かどで)」とは、「出発」の意味で、この由緒により「首途八幡宮(かどではち まんぐう)」と呼ばれるようになった。このことから、特に旅立ち、旅行安全の神として 信仰を集めている。

境内 京都市 案内板より


祭神

応神天皇

比賣大神

神功皇后

   9月14日 宵宮祭

   9月15日 例祭

   9月16日 後宴祭

由緒

高倉天皇承安四年(1174)源九朗義経が征途の首途にあたり宇佐八幡宮の神霊を勧請 鎮められたのを創始として首途八幡宮と称する。

王朝華やかなり頃 御所の北東隅に位置し皇城鎮護として重んぜられ皇后様方の尊崇う厚 く桃園親王の旧跡として知られ境内地も広く池あり築山あり桃の木多く花爛漫と咲き満ち 稚児舞の奉納等ありその情景は絵巻物の感ありて諸人の崇敬厚く神験も広く幾内外に及び 古来神威烈んな神社として神徳をたたえられている。

首途八幡宮


武勇と仁義に誉れ高き英雄、源九郎義経(幼名牛若丸)は高倉天皇の時、承安四年(1174 )3月3日夜明け、鞍馬山から、ここ首途八幡宮に参詣し旅の安全と武勇の上達を願い、奥 州の商人金売橘次に伴われ奥州平泉の藤原秀衡のもとへと首途(旅立ち)した。

この地に橘次の屋敷があったと伝えられ、この由緒により元「内野八幡宮」は「首途八幡宮 」と呼ばれるようになった。

時に源義経十六才であった。

源義経が奥州へ首途して以来830年を記念し碑を建立する。

   「雍州府志」 貞享元年(1684)黒川道祐著

     橘次井在西陣五辻南桜井辻子。相伝、此処

     売金商橘次末春之宅地也。此井大面水又清冷也。

     源義経従橘次東行時、自此処首途。

   平成十六年九月吉祥日   首途八幡宮奉賛会


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