京都 八瀬大原 瑠璃光院(るりこういん)       Rurikoin Temple   27.Oct.2012  天空仙人の神社仏閣めぐり

京都 八瀬大原 瑠璃光院 Official Page

※ 平成25年秋より 拝観休止につき 事前に確認願います


八瀬大原 瑠璃光院
「八瀬大原 瑠璃光院」

八瀬大原 瑠璃光院
「八瀬大原 瑠璃光院」

八瀬大原 瑠璃光院 瑠璃の庭
「八瀬大原 瑠璃光院 瑠璃の庭」

八瀬大原 瑠璃光院 瑠璃の庭
「八瀬大原 瑠璃光院 瑠璃の庭」

八瀬大原 瑠璃光院 臥龍(がりょう)の庭
「八瀬大原 瑠璃光院 臥龍(がりょう)の庭」

八瀬大原 瑠璃光院 臥龍(がりょう)の庭
「八瀬大原 瑠璃光院 臥龍(がりょう)の庭」

八瀬大原 瑠璃光院 山門 写真 八瀬大原 瑠璃光院 山路地の庭 写真
「山門」「山路地の庭」
SanmonYamaroji no Niwa
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八瀬大原 瑠璃光院 阿弥陀仏立像 写真 八瀬大原 瑠璃光院 釜風呂 写真
「阿弥陀仏立像」「釜風呂」
AmidabutsuKama-buro
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八瀬大原 瑠璃光院 写真 八瀬大原 瑠璃光院 写真
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八瀬大原 瑠璃光院 玄関 写真 八瀬大原 瑠璃光院 一階書院 写真
「玄関」「一階書院」
GenkanShoin
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京都 八瀬大原 瑠璃光院(るりこういん)

Rurikoin Temple

京都市左京区上高野東山55

55,Kamitakano-Higashiyama,Sakyo-Ku,Kyoto

※ 期間限定公開


京都 八瀬大原 瑠璃光院

こころ和む。からだ憩う。いのち癒す。

やすらぎの郷、八瀬「瑠璃光院」由緒

山と渓谷がおりなす風光明媚な「八瀬」の地は、古来「矢背」とも記されるように、壬申の乱で背中に矢傷を負われた大海人皇子(天武天皇)が当地の釜風呂で傷を癒されたと伝わり、平安時代の昔から貴族や武士に愛された保養地でした。

そんな「やすらぎ」の郷にひっそりとたたずむ「瑠璃光院」は、知られざる隠れた名刹でしたが、近年、季節限定で一般公開されるようになり、多くの参詣者を集めてい ます。

一万二千坪もの広大な寺域に建つ格調高い数寄屋造りの書院は京数寄屋造りの名人と称された中村外二、自然を借景とした庭園は佐野藤右衛門一統の作と伝えられます。

春には若芽から移りゆく青もみじと、樹齢百年を超える数百本の花馬酔木の群生地として、また、秋には紅葉の名所としても名高く、異なる種類のカエデの木々が黄、橦、 桃、紅色などに移ろいながら、日々変わりゆく表情を見せてくれます。

明治の元勲、三条実美公が命名した茶庵「喜鶴亭」をはじめ、ある気象条件が整うと「瑠璃色に輝く浄土の世界」が現れると言い伝えられる「瑠璃の庭」や「臥龍の庭」 「山露路の庭」など趣の異なる三つの名庭が、心のやすらぎを届けてくれます。


瑠璃の庭

八瀬逍遥、風雅有情。

花馬酔木と青もみじがまばゆい春、一面錦に彩られる秋…。

豊かな自然と日本情緒あふれる建造物や名庭があやなす四季折々の興趣。

山門

叡山電鉄の八瀬比叡山口駅より高野川の清流に沿い、橋を渡ると瀟洒な姿が目に入ります。

山露路(やまろじ)の庭

苔むした庭から見え隠れする茶庵と十三重の石塔。よく手入れされた数十種のカエデが、春の青もみじ、秋の錦繍を競い合います。

玄関

池に掛かる石橋から、泳ぐ鯉を見下ろせば、すぐそこは玄関。数寄屋造りの優雅さに期待が弾みます。

書院

典雅な中にも匠の技が光る名建築。「瑠璃の庭」を一望して、至福の一時がゆるやかに流れます。

瑠璃の庭

一面に苔の絨緞で覆われた当寺の主庭。苔の間をぬって一条のせせらぎが優美な曲線を描き、清らかに流れます。

臥龍(がりょう)の庭

今にも天に駆け昇ろうとする龍を水の流れと石組で躍動的に表した池泉庭園。佇む人の心を解き放ち、昇運の兆しをもたらします。

茶庵「喜鶴亭」

三条実美公ゆかりの由緒ある茶室。和敬静寂の精神を映す千家第六代覚々斎原曼好みの佇まい。

花馬酔木と紅葉

春は白いつぼ形の可憐な花を咲かせる樹齢百年を超える花馬酔木の花。 秋は異なる種類のカエデの木々が錦織の景観を見せてくれます。

八瀬名物「かま風呂」

日本式蒸し風呂の原型であり、有名な「八瀬のかま風呂」の現存する希少な遺構。ご見学も可能です。

瑠璃光院のしおりより


瑠璃の庭

「瑠璃光院」の名称のもととなった名庭です。高い木立のうっそうとした深山に分け入って、ふと木立がとぎれ、 泉が湧き、せせらぎが流れ、瑠璃光に輝く小宇宙に出会う。

この庭は、ある気象条件がととのうと、深々とした苔が一瞬瑠璃の光をはなち、仏典にいう瑠璃光浄土が現れる。


瑠璃光院

ここ「八瀬」は「矢背」とも記されるように,壬申(じんしん)の乱(六七二)で背に矢傷を負った大海人(おおあまの)皇子(おうじ)(天武(てんむ)天皇)が「八瀬のかま(竈)風呂」で傷を癒したことから,平安貴族や武家の時代を通じて「やすらぎ」の郷として長く愛されてきた。 

この地には,当初,明治に建てられた別荘があり,三条(さんじょう)実(さね)美(とみ)はこれを「喜(き)鶴亭(かくてい)」と名づけ,直筆の命名額が当院に残されている。「喜(き)鶴亭(かくてい)」は茶室名として現在も受け継がれている。 

その後,昭和初期にかけて,一万二千坪の敷地に東山を借景とした築庭と延べ二百四十坪に及ぶ数寄屋造りに大改築された。建築にあたった棟梁は,京数寄屋造りの名人と称された 中村外二(なかむらそとじ),築庭は,佐野(さの)藤(とう)右(え)衛門(もん)一派の作と伝えられている。

その後現在まで,日本情緒あふれる名建築・名庭として著名人をはじめ多くの人々に親しまれ,近年では囲碁本因坊や将棋名人戦の舞台にもなったことが知られている。 

山門を入ると,数十種類のもみじや苔,数百本の馬酔木(あせび),比叡山の伏流水が,主庭「山(やま)露(ろ)路(じ)の庭」,「瑠璃の庭」,「臥(が)龍(りょう)の庭」を四季折々の趣で彩っている。                                

京都市 案内板より


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