武蔵御嶽神社(むさし みたけ じんじゃ)    Musashi Mitake Jinja Shrine 天空仙人の神社仏閣めぐり

武蔵御嶽神社 Official Page

日本武尊 つながり

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武蔵御嶽神社 写真
「武蔵御嶽神社」
Musashi Mitake Jinja Shrine

武蔵御嶽神社 写真

武蔵御嶽神社 拝殿 写真 武蔵御嶽神社 鳥居 写真
「拝殿」「鳥居」
Hai-denTorii
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武蔵御嶽神社 御嶽山扁額 写真 武蔵御嶽神社 弊殿 写真
「御嶽山扁額」「弊殿」
HengakuHeiden
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武蔵御嶽神社 拝殿 写真 武蔵御嶽神社 天井画 写真
「拝殿」「天井画」
HaidenTenjo-ga
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武蔵御嶽神社 鈴 写真 武蔵御嶽神社 昇り龍 写真
「鈴」「昇り龍」
SuzuNobori-ryu
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武蔵御嶽神社 絵馬 写真 武蔵御嶽神社 お狗様札 写真
「絵馬」「お狗様札」
EmaOinusama-fuda
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武蔵御嶽神社 交通安全ステッカー 写真 武蔵御嶽神社 畠山重忠公像 写真
「交通安全ステッカー」「畠山重忠公像」
STICKER
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武蔵御嶽神社 写真 武蔵御嶽神社 写真
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武蔵御嶽神社 写真 武蔵御嶽神社 写真
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武蔵御嶽神社 写真 武蔵御嶽神社 石段の邪鬼写真
「日本武尊と白狼の奉納絵馬」「石段の邪鬼」
EmaJaki
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武蔵御嶽神社(むさし みたけ じんじゃ)

Musashi Mitake Jinja Shrine

東京都青梅市御岳山176番地

176,Mitakesan,Oume-shi,Tokyo

TEL:0428-78-8500


武蔵御嶽神社御由緒

社伝によれば、創建が第10代崇神天皇7年と伝えられ、平安時代の延喜式神名帳には、 大麻止乃豆乃天神社(おおあまとのつのあまつかみのやしろ)として記されており、 ふるくより関東の霊山として信仰されて参りました。

山岳信仰の興隆とともに、中世関東の修験の一大中心として、鎌倉の有力な武将たちの信仰を集め、 御嶽権現の名で厄除・延命・長寿・子孫繁栄を願う多くの人達の参拝によって栄えました。

天正18年徳川家康公が関東に封ぜられますと、朱印地30石を寄進され、 慶長11年大久保長安を普請奉行として社殿を改築、南向きだった社殿を江戸城守護のため東向きに改めました。

人々の社寺詣が盛んになるとともに、御嶽詣も、武蔵・相模を中心に関東一円に拡がり、講も組織され、現在に及んでいます。

また、日本武尊御東征のみぎり、この地で難を狼により救われたといわれ、 以来神社の守しめとして多くの人の崇敬を集めております。

明治維新により、御嶽神社の社号となり、更に昭和27年武蔵御嶽神社と改めました。

現在の幣殿拝殿は元禄13年に徳川幕府によって造営されたものです。


太々神楽(都指定無形民俗文化財)

武蔵御嶽神社には現在17座の神楽が伝承さています。 この神楽は、寛延2年(1749年)と安永9年(1780年)に伝えられたといわれています。

日本ではその土地のお祝い事があると神楽・囃子・獅子舞等を行いますが、 当社の太々神楽は、たんなる余興ではなく宗教儀式の一部をなしているのです。 それ故この太々神楽は、社家神職により継承されており、これを習得するのが職務の一つとなっています。

この神楽は、素面神楽(お面をつけていない神楽)と面神楽(お面を付ける神楽)の二種類に大きく分かれております。 素面の舞は御嶽信仰の宗教感情を表して、見る人々の心を清らかにしようとするものであり、 面をつけた舞は江戸里神楽の流れをくみ、神話・歴史・伝説を神楽にしたものです。

毎年9月中旬の夕刻には薪神楽として、大鳥居前広場で舞われます。


赤糸威大鎧(あかいとおどしおおよろい)

日本三大大鎧に数えられ、畠山重忠が建久2年(1191年)に奉納と伝えられるもので、 完品で現存する平安期の鎧では唯一とされ、荘重優美よく、 日本人の独創性を表し世界に誇るべき文化財といえます。

武蔵御嶽神社 しおりより


武蔵御嶽神社由来

社伝によれば、創建は第10代崇神天皇7年と伝えられ、第12代景行天皇の御代日本武尊御東征のみぎり、 難を白狼の先導によって遁れたといわれ、古くより関東の霊山として信仰されて参りました。

平安時代の延喜式神名帳には、大麻止乃豆天神社(おおまとのつのあまつかみのやしろ) として記さております。

山岳信仰の興隆とともに、中世関東の修験の一大中心として、鎌倉の有力な武将たちの信仰を集め、 御嶽権現の名で厄除・延命・長寿・子孫繁栄を願う多くの人達の参拝によって栄えました。

天正18年徳川家康公が関東に封ぜられますと、朱印地三十石を寄進され、 慶長11年大久保石見守長安を普請奉行として社殿を改築、南面だった社殿を東面に改めました。 人々の社寺詣が盛んになると共に、世に三御嶽の一つとして、 御嶽詣も、武蔵・相模を中心に関東一円に拡がり、講も組織され、現在に及んでおります。

明治維新により、御嶽神社の社号となり、更に昭和27年武蔵御嶽神社と改めました。

御祭神 

櫛真智命(くしまちのみこと) 

大己貴命(おおなむちのみこと)

少彦名命(すくなひこなのみこと)

廣國押武金日命(ひろくにおしたけかねひのみこと)

奥の院

日本武尊(やまとたけるのみこと)

御眷属

大口眞神(おおくちまがみ)

社頭 案内板より


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