新潟 湊稲荷神社(みなといなりじんじゃ)      Minato Inari Jinja Shrine    15.June.2011        天空仙人の神社仏閣めぐり


新潟 湊稲荷神社 写真 新潟 湊稲荷神社 社号額 写真
「新潟 湊稲荷神社」「社号額」
Minato Inari JinjaShagougaku
拡大 画像Click拡大 画像Click

新潟 湊稲荷神社 写真 新潟 湊稲荷神社 写真
拡大 画像Click拡大 画像Click

新潟 湊稲荷神社 願掛け高麗犬 写真 新潟 湊稲荷神社 願掛け高麗犬 写真
「願掛け高麗犬」「願掛け高麗犬」
Gankake-KomainuGankake-Komainu
拡大 画像Click拡大 画像Click

新潟 湊稲荷神社 灯籠 写真 新潟 湊稲荷神社 願掛け高麗犬絵馬 写真
「灯籠」「願掛け高麗犬絵馬」
TourouEma
拡大 画像Click拡大 画像Click

新潟 湊稲荷神社(みなといなりじんじゃ)

Minato Inari Jinja Shrine

新潟市中央区稲荷町3482

3482,Inari-Cho,Chuou-Ku,Niigata-Shi,Niigata


新潟市有形民俗文化財(第一号)

「願懸け高麗犬」について

新潟市郷土資料館元館長  大沼 淳

名称 湊稲荷神社  願懸け高麗犬

所在地  新潟市中央区稲荷町三四八二番地 湊稲荷神社境内

管理者 宮司   前川正倫

一、高麗犬像

伝承によれぱ、現在置かれている嘉永七年銘の高麗犬は二代目の高麗犬であるという。初代の高麗 犬は、だれかいたずら者が境内の前を流れていた堀に落とし、引き揚げることができずそのままに してある。後年堀は埋められ道路になったが、高麗犬は現在もその中に埋められだままになってい るはずだという。

イ、阿像(材質 花崗岩)

口、吽像(材質 花崗岩)

ハ、回転軸

円形の台座に穴をあけ、軸をさし込んで固定する、その軸の長さにより像の下端に穴を造り軸をゆ るくはめる。像と台座との間には0.5センチほどの隙間ができる。この隙間(遊ぴ)があること により像は容易に軸のまわりを回転する。

第二次大戦後、軸の上面がすり減り像と台座との隙間がなくなって高麗犬の回転が重くなり修理を しだ。その際それまで使われていた樫のような堅木の軸を鉄の軸に変えた。現在はステンレスの軸 が使めれている。

【神社注】全国的にみても例をみない高麗犬として近年マスコミがとりあげるにおよんで頻繁に高 麗犬が回され軸の摩耗がはげしくなり半年に一回の割合で軸の修理が行われてきた。

二、刻銘 嘉永七寅年 五月吉日

阿像 奉納施主  小杉 徳三郎

吽像 奉納施主  棚橋 健蔵

(阿像。吽像とも円形台座に刻む)

湊稲荷神社(湊稲荷五社大明神)

祭神  倉稲魂神(宇迦之御魂神)を主祭神とし、

大己貴神、大宮能売神、保食神、太田神の四柱を合祀する。

享保元年(1716)前川三城が神託により出羽国米沢より現在の地に遷座し建立した。新潟沖を 通る船は湊稲荷神社の森を目当てに航路を進め、入港しては海上安全、船運長久を祈願する神社と して、海運業者、漁業者の信仰を集めたといわれる。

また、いつのころからか道楽稲荷と呼ぱれるようになった。


三、願懸けの習俗

和船の出入りで新潟港がにぎわっていたころ、港に入る船の船乗りは花柳街に遊び、その夜、遊女 に送られて船に帰るのが新潟の風俗であった。遊女たちは、毎夜船乗りが遊ぴに来てくれることを 願い、なによりも港に入っている船が出帆し、船乗りが行ってしまうことを恐れた。

船の出帆を押さえ、新潟の港に船止めするには西風に吹いてもらたい。遊女たちのこんな願望が湊 稲荷の高麗犬に願を懸ける習俗をうんだ。遊女たちは、夜中、ひそかに油揚げを持って、湊稲荷神 社に行き、社頭の高麗犬を回して高麗犬の頭を西の方に向け、西風が吹いて港口が荒れ、海がしけ て船が出帆できず、船乗りが夜ふたたび遊ぴに来てくれることを祈った。

この習俗が、いつから行われるようになったかは不明であるが天保一四年(1843)の新潟市中 風俗書によれば、

熊谷小路

是者新地与唱住居者漁師共勝二御座候間々二

小宿附船等渡世之者有之時々廻船之水主共上陸仕

売女共呼寄酒喰仕侯義も御座候。

とあり、湊稲荷神社に程近い熊谷小路の遊女たちが、この習俗を持っていたであろうことは推測で きる。

また、古くから、

下の新地の道楽稲荷 おれも二三度だまされた

と俗謡にうたわれている道楽稲荷という通称の起こりも、この遊女たちの願懸けの習俗からきてい ることは明らかである。

(以上は昭和五十四年度新潟市文化財審査資料より抜粋したものです)

【神社注】江戸時代に歌われた新潟甚句の歌詞の一節に右記の歌があり、石碑にきざまれ、拝殿 右にたてられている。なお歌詞の中の「だまされた」とは往古神社の古木の洞穴に棲息した狐と、 遊女の仇情にほだされ二度三度と通った船乗りたちの自嘲の念との双方がかけられているのであろ う。

このような、航海に関する逆風祈願の例は他港にもあるがその数は少ない。

石川県羽昨郡富来町福浦     腰巻き地蔵

宮城県塩釜市寒風沢日和山    しぱり地蔵

島根県隠岐島西郷港       草鞋かけ不動

以上右記の三例しか報告例が見当たらない。

このように、湊稲荷神社の願懸け高麗犬の逆風祈願習俗は、全国的にみても数少ない事例の一つで あり、その上、他の三例がいづれも仏教の尊像に願懸けするのに対し、新潟港の習俗は高麗犬に 願懸けする唯一の事例である。

また、願懸けの方法も他港の例がいずれも、腰巻きを巻いたり、縄でしばったりして尊像を怒らせ て逆風をふかせるのに対し、新潟港の例は高麗犬の向きを変えるという全く異質な方法である。

和船時代の新潟町人と来港する船乗りたちとのかかわりから生れた習俗であり、湊稲荷神社の高麗 犬は、そのかかわりを残す貴重な高麗犬といえる。

「往時各港では廻船が出港しますると港が寂れ、その直撃を受ける遊女たちが、馴染み客の出港を 阻止しようとして、逆風祈願する例は能登福浦の腰巻き地蔵や、塩釜市の寒風港日和山のしぱり地 蔵があり、なお隠岐国西郷港には草鞋かけ不動があり、その他各所にあったと思いますが、前記の ようにハッキリした対象物がありません貴地前記の狛犬は特異な例として貴重なものと思います 普通は地蔵さんに腰巻きをかぶせたりあるいは荒縄で縛り、やさしい地蔵さんを怒らしめて逆風祈 願をするのですが、御社の狛犬のごときはこれと大いに異なり、自分の希望する逆風の方向に狛 犬を向けるという機構的なところ、はなはだ珍しいことで、他に類例がありません。

しかもこれには年号(嘉永七年)(現在のものは二世かもしれません)があり、資料的価値があり ます。このようにしてこの狛犬は海洋(航海を含む)民族学上貴重な遺産と思われます。

なお蛇足ですが、一般の逆風祈願の対象は仏事関係ですがこの狛犬だけが神事関係である事もまた 異といたします。」

(日本海事史学会会長  南波 松太郎氏 書簡より抜粋)

【神社注】当社「願懸け高麗犬」は往古より遊女の祈願は勿論のこと、さまざまな願いをかけて、 信者の方々が回してきた高麗犬であります。伝承によれぱ男の人は向かって右の高麗犬、女の人は 左の高麗犬を、願意(ねがいごと)を心にねんじながら回し、諸願成就を祈願したといわれており ます。

なお、祈願絵馬(神社に常備してあります)に住所、氏名、願意等をご記入のうえ、お納め頂けれ ぱ、毎朝日供の際ご神前に奏上致します。

嘉永年間に奉納された高麗犬は、百五十年の長い歳月風雨にさらされ、又願懸けのため頻繁に回さ れ損傷がはげしく、貴重な文化財としての価値が失われるおそれがあり、永久保存のためケース に納め拝殿に安置しました。そして、これにかわる平成の御代の高麗犬が平成七年四月十六日に完 成し除幕式が執り行われました

願掛け高麗犬 パンフレットより


願掛け高麗犬

自分の願意(ねがいごと)を心に念じながら男の人は向って右、女の人は左の高麗犬を回して祈願 する


願掛け高麗犬と道楽稲荷さまの由来

新潟港が船江の湊として栄えた昔 海運業者は神社の森を目当てにして船を進め入港しては海上安 全船運長久を祈願した

かくて海運業者の崇敬加わると共に上陸した船乗りたちは花柳街に遊びその夜 遊女に送られ船に 帰るのが新潟の風俗であった

たまたま船出に際し遊女は その別れを惜しみ ひそかに社頭の願掛け高麗犬を回して 西の方角 にその頭を向け 西風が吹き港口があれ 海がしけて船が出帆できず その夜 再び遊びに来てく れることを祈願したという

道楽稲荷さまという通称の由来も この遊女たちの願掛けの信仰からきたものである

新潟市有形民俗文化財第一号指定の願掛け高麗犬は往古より遊女の祈願は勿論のこと さまざまな 願いをかけて回されてきた

伝承によれば男は右 女は左の高麗犬を願意を心に念じながら回し諸願成就を祈願したという

境内 案内石碑より


新潟市指定有形民俗文化財

湊稲荷神社願掛け高麗犬

中央区稲荷町の湊稲荷神社は、1716年(享保元)年の創立と伝わります。湊に入る船は、この 神社の森を目当てにしていたといわれ、今も海運・漁業関係者らの信仰を集めています。

この神社の高麗犬は、石造(花崗岩)で中心に軸が通り、台座と像との間には「あそび」があり、 像が回転するようになっています。

入船出船で新潟湊が賑わっていた頃、船乗りが遊びに来ることを願った遊女たちは、西風が吹いて 海が荒れ、船が出帆できなくなるようにと、夜中に高麗犬の頭を西に向けたといいます。「下の新 地の道楽稲荷おれも二三度だまされた」とうたわれた「道楽稲荷」という通称も、このような習俗 にちなんでいます。こういした「荒天祈願」が「高麗犬を回して願掛けをする」という習俗に変化 し、伝わっています。

なお、現在の高麗犬は1995(平成7)年に造られたものです。1854(嘉永7)年の銘があ る先代の高麗犬は、拝殿の前に移されています。

新潟市教育委員会 案内板より


ホーム神社・仏閣めぐり初詣おすすめスポット御利益別寺社一覧御利益グッズ言い伝え


Copyright © 2011 I.HATADA All Rights Reserved.

SEO [PR] カード比較  冷え対策 温泉宿 動画無料レンタルサーバー SEO