六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ) Rokudochinnoji Temple 22.DEC.2004 天空仙人の神社仏閣めぐり
| 円応寺| 深川閻魔堂| 太宗寺| 赤門勝専寺| 浄真寺| 板橋 文殊院 |
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「本堂」 | 「迎鐘」 |
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| HONDO | MUKAE-GANE |
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「迎鐘」 | 「篁 冥途通いの井戸」 |
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| MUKAE-GANE | TAKAMURA MEIDO KAYOI NO IDO |
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「五重石塔」 | 「絵馬」 |
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| GOJU SEKITO | EMA |
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「小野篁座像」 | 「閻魔大王像」 |
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| ONO NO TAKAMURA ZAZO | ENMA DAIOU ZO |
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Rokudochinnoji Temple
京都市東山区松原通東大路通西入ル
NISHI-IRU,HIGASHIOOJI-DORI,MATSUBARA-DORI,HIGASHIYAMA-KU,KYOTO
大椿山と号し、臨済宗建仁寺派に属する。平安遷都依然、東山阿弥陀ヶ峰山麓一帯に居住した鳥部氏の氏寺(宝皇寺)が前身とも、空海の師 慶俊僧都が創建したものとも伝えられているが、鎌倉(南北朝)時代の貞治3年(1364)に、 建仁寺の僧、良聡によって再興改宗され、現在にいたっている。 俗に六道の辻とよばれる境内一帯は、毎年8月7日から10日まで「六道詣り」といわれる 精霊迎えのため、多くの参詣者で賑わい、この期間、霊を現世に呼び戻すといわれる 「迎え鐘」の音が響き渡る。 境内には、小野篁が冥土への入口にしたといわれる井戸があり、閻魔堂には、篁作の 木像閻魔大王像とともに篁像も祀られている。 また、薬師堂には、木像薬師如来坐像(伝教大師作重要文化財)と毘沙門天(弘法大師作)地蔵菩薩 (定朝作)を安置する。
お迎え鐘
「古事談」によれば、この鐘は当寺を開基した慶俊僧都が作らせたもので、あるとき僧都が唐国に赴くとき、 この鐘を三年間、この鐘楼下の地中に埋めておくようにと寺僧に命じて旅立った。 ところが、寺僧は待ちきれず、一年半ばかりたって掘り出して鐘を撞いたところ、遥か唐国に居る僧都に 聞こえたという。僧都は、「あの鐘は、三年間地中に埋めておけば、その後は人の手を要せずして六時に なると自然に鳴るものを、惜しいことをしてくれた」と、大変残念がったという。 しかし、そんなはるか彼方の唐国にまでも響く鐘なら、おそらく冥土まで届くだろうと信じられ、 このような「お迎えの鐘」になったと伝えられる。 かかる話は「今昔物語」巻三十一にも同巧異曲(どうこういきょく)の物語で出ている。こうした由来の鐘であるから、 お盆の時期にはこのお迎え鐘を撞く順番を待つ参詣人の列が八坂通りまで蜿蜒(えんえん)と続く。 そんな風景をみて昭和初期の歌人、川端茅舎は次のような俳句を詠んでいる。 金輪際 わりこむ婆や 迎え鐘 迎え鐘 ひくうしろより 出る手かな 毎年お盆の時期になると、このお迎え鐘は千年もの長きにわたり澄んだ音色を時空をこえて冥土まで響かせ、 旅立たれた多くの精霊たちを晩夏の都に迎えている。そして、また来るお盆を迎えるまでは、この寺を 訪れる多くの人たちの心の安らぎと幸せをもたらす「慈しみの鐘」として、その穏やかな 音色は渇いた心をやさしく癒してくれる。
冥土通いの井戸
いい伝えによれば、篁は亡き母御の霊に会うために、この鳥辺野にある当寺を訪れ、 冥土に通じるといわれるこの井戸を使ったのが最初と言われている。 また、「矢田地蔵縁起」にある大和の国(奈良県)金剛山寺(矢田寺)の漫慶上人が、 篁を介しての閻魔大王の招きに応じて、衆生を救うための 戒行である菩薩戒を授けに閻魔庁へ赴くいたのも当寺の井戸からとされるなど、 珍皇寺の井戸と篁さらには冥界を結びつける不思議な伝説は数多くある。 このように当寺にある井戸は、篁が冥土通いのために往来したところとして知られるが、 その帰路の出口として使いこの世に戻ったところが、嵯峨の大覚寺南付近の六道町の 一郭に明治の初め頃まであったとされる福生寺の井戸であるとする説もある。 しかし、残念ながら今はその遺址もなく、井戸の伝承はかつての福生寺の本尊として 伝わる地蔵菩薩とともに清涼寺西隣の薬師寺に引き継がれている。 これは、平安の昔には珍皇寺あたりの洛東の鳥辺野とともに嵯峨の奥、 化野(あだしの)もまた当時の墓所であったことより、ここにもやはり六道の辻は 存在していたとすれば、閻魔王宮に出仕していた篁が、冥府よりの帰路に出口としていた説もうなずけるところである。 尚、当寺の冥土通いの井戸の傍の少祠には、篁の念持仏であった竹林大明神が祀られている。
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