京都 龍安寺(りょうあんじ)    Ryoanji Temple 天空仙人の神社仏閣めぐり

石庭 龍安寺 Official Page

龍安寺の桜

庭園

大徳寺大仙院大徳寺高桐院建仁寺圓光寺知恩院正伝寺蓮華寺源光庵宝泉院妙満寺

龍安寺 石庭 写真
「龍安寺 石庭」
Ryoanji Temple Sekitei

龍安寺 石庭 写真

龍安寺 石庭 写真

龍安寺 石庭 写真

龍安寺 龍安寺 庫裏
「庫裏」
Kuri,Main Building of the temple

龍安寺 石庭 龍安寺
「石庭」
The rock garden

龍安寺 石庭 龍安寺 石庭
「石庭」「石庭」
The rock gardenThe rock garden

龍安寺 龍安寺
「鏡容池」
Kyochi-ike Pond

龍安寺 龍安寺
「つくばい」
A Unique wash-basin of stone Tsukubai

龍安寺(りょうあんじ)

Ryoanji Temple

京都市右京区竜安寺御陵下町13

13,Ryoanji-Goryo-No-Shitano-Cho,Ukyo-Ku,Kyoto

TEL 075−463−2216


もと徳大寺家の別荘を、宝徳2年(1450年)に細川勝元が譲り受け、禅寺に改めたが 、戦災で焼失し、明応8年(1499年)細川政元が再興した。

美しい鏡容池は藤原時代の由緒をとどめ、方丈前庭の枯山水庭園は俗に虎の子渡しと称さ れて有名である。

禅では自己が、「三昧」「無」になりきることによって自他一如の世界を自覚し、その自 覚を通して出てくるものは、山川草木ことごとく神、仏であるとするが、この庭はそうし た禅の極致を表現した永遠に新しい庭と言われ、時間、空間を越えて、静かに心眼をひら き自問、自答するにふさわしい庭といえよう。


大雲山龍安寺

徳人寺家の別荘だったのを、宝徳2年(1450)管領細川勝元が譲り受けて寺地とし、 妙心寺の義天玄承を開山として創建されたものである。応仁の乱に焼失して、長享2年( 1488)、勝元の子、政元が再興したが、寛政9年(1797)火災で方丈・仏殿・開 山堂などを失った。

現在の方丈は、そのとき西源院の方丈を移築したものである。方丈の前庭は枯山水の石庭 として著名で、臨済宗妙心寺派に属し、大雲山と号し禅苑の名刹である。


Ryoanji Temple

A simple rock garden, consisting only of white sand and fifteen rocks, laid out at the end of the 15th century, is acknowledged to be one of the masterpieces of Japanese culture. Its simple beauty will inspire philosophical meditation.


石群の鑑賞

石の象(かたち)、石群、その集合、離散、遠近、起伏、禅的、哲学的に見る人の思想、 信条によって多岐に解されている。

The Rock Garden

This simple yet remarkable garden measures only thirty meters from east to west and ten meters from south to north. The rectangular Zen garden is completely different from the gorgeous gardens of court nobles constructed in the Middle Ages. No trees are to be seen; only fifteen rocks and white gravel are used in the garden. It is up to each visitor to find out for himself what this unique garden signifies. The longer you gaze at it, the more varied your imagination becomes. This rock garden surrounded by low earthen walls may be thought of as the quintessence of Zen art.

The walls are made of clay boiled in oil.As time went by, the peculiar design was made of itself by the oil that seeped out.

This garden of worldwide fame is said to have been laid out by Soami, a painter and gardener who died in 1525.


庫裡

石段の正面の建物が庫裡で、禅宗寺院建築の簡素にして重厚、特に木組と白壁の調和がま た静寂の内に構成美をかもしだしている。


鏡容池

この池は徳大寺家によって築かれたもので、かってはおしどりが群れ遊んだところからお しどり池と呼ばれた。石庭鑑賞後のひとめぐりも、何がなしぽっと心が和むのを覚えるの は、水の効果というものだろう。池の堤防からは龍安寺全景の山々が古来の姿そのままに 眺望され、四季それぞれの美しさは又格別である。

Kyoyochi Pond

The pond was made in the late twelfth century. Until recent years many mandarin ducks were to be seen on the pond. Hence the Ryoanji was generally known as Oshidoridera. the temple of mandarin ducks. The water wells out from around the two rocks in the south. On the islet named Bentenjima is a hall, in which an image of Sarasvati has been housed.


つくばいと佗助椿

方丈の北東に据えてある銭形のつくばいは、一見“五、隹、止、矢"の文字に読まれるが、 中心の口を共用すれば、“吾唯足知“(ワレタダタルヲシル)と成り、禅の格言を謎解き に図案化された無言の悟道である。徳川光圀の寄進といわれている。秀吉が賞讃したと今 も伝えられる佗助の老樹が枯淡で景趣をそえている。

A unique wash-basin of stone. "Tsukubai"

Tsukubal, the stone-wash basin for the tea room, has a unique inscription, "I Iearn only to be contented." He who learns only to be contented is spiritually rich, while the one who does not learn to be contented is spiritually poor even if he is materially wealthy. This concept is important in the Zen philosophy. The Tsukubai is said to have been contributed by Mitsukuni Tokugawa (1628-1700) , a feudal lord and the compiler of the great History of Japan known as "Dai-nippon-shi".


茶室蔵六庵(非公開)

方丈から東庭を隔てた東北隅の茶室を蔵六庵という。蔵六という語は亀の別名で、頭・尾 ・四肢の六つを甲羅の中に隠すのでこの名がつけられた。江戸初期の茶人不遠庵僖首座の 好みのままに、水屋の掛け窓も珍しく、四畳一間で中板が設けてあり、古くから龍安寺十 勝の一つに挙げられている。

The Tea-room Zoroku (Closed to the public)

The tea room Zoroku is typical of the style favored by Kishuza, a tea master of the early 17C. Zoroku means to contain (or hide) 'six.' The six stands for the head, tail. and four legs. Consequently Zoroku means a tortoise, which is the symbol of Genbu, the guardian god of the north.


禅とは

○ 神(仏)のない宗教である

○ 特定の拝む対象のない宗教である

○ 「自己」を拝む宗教である

○ 「自己」の自覚を深く掘り下げる宗教である

○ 「悟り」即ち「吾が心」を見る宗教である

○ 「無」「無我」「無心」の宗教である

○ 「動く」「働く」作務の宗教である

○ 「吾れ唯だ足ることを知る」宗教である

○ 「当所即ち蓮華国この身即ち仏なり」の宗教である

○ 「成り切る」「死に切る」即ち「断命根」の宗教である

龍安寺のしおりより


龍安寺

臨済宗妙心寺派の寺院で、平成6年(1994)に世界文化遺産に登録された。

もと徳大寺家の別荘であったが、宝徳2年(1450)に細川勝元が譲り受け、妙心寺の 義天玄承(ぎてんげんしょう)を招いて禅院とし、玄承はその師日峰宗舜(にっぽうそう しゅん)を開山として、自らは創建開山となった。一時、応仁の乱により焼失したが、明 応8年(1499)に細川政元が再興し、その後、名僧が相次いで住し、豊臣秀吉や徳川 氏も寺領を寄付するなどして、最盛時には塔頭(たっちゅう)23を数えるほど寺運は栄 えた。しかし、寛政9年(1797)に火災に遭い、その後次第に再建されたが、盛時の 寺観は復興していない。

方丈庭園(国の史跡及び特別名勝)は、室町時代末期の作と伝えられ、枯山水の名庭とし て有名である。長方形の敷地の中に白砂を敷き、15個の石を配し、一木一草も用いず、 象徴的に自然を映し出しており、枯山水庭園の極致を示したものといえる。あたかも渓流 を虎が子を連れて渡っているようにも見えるため、「虎の子渡し」とも呼ばれる。

方丈の東には、水戸光圀の寄進と伝えられる「吾唯足知」と刻まれた石造りの手水鉢があ る。そのほか、寺宝として、太平記12冊(重要文化財)などを所蔵している。

京都市 案内板より


ホーム神社・仏閣めぐり初詣おすすめスポット御利益別寺社一覧御利益グッズ言い伝え


Copyright © 2000 I.HATADA All Rights Reserved.

SEO [PR] カード比較  冷え対策 温泉宿 動画無料レンタルサーバー SEO