駒込富士神社(こまごめ ふじ じんじゃ)    Komagome Fuji Jinja Shrine  天空仙人の神社仏閣めぐり

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駒込富士神社 駒込富士神社
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駒込富士神社 駒込富士神社

駒込富士神社(こまごめ ふじ じんじゃ)

Komagome Fuji Jinja Shrine

東京都文京区本駒込5−7−20

5-7-20,Hon-Komagome,Bunkyo-Ku,Tokyo

JR山手線駒込駅から徒歩約15分


本郷村の名主が天正元年(1573)、現在の東京大学の地に駿河の富士浅間社を勧請したことにはじまる。

寛永5年(1628)加賀前田家が上屋敷をその地に賜るにあたり、浅間社を現在地に移した。

拝殿は富士山に見立てた山の上にあり、江戸期の富士信仰の拠点の一つとなった。

6月末から7月はじめの山開きには夜店が出てにぎわいを見せる。


富士神社

富士神社はもと、旧本郷村にあった。天正元年(1573)本郷村名主木村万右衛門、同牛久保隼人の二人が、夢に木花咲耶姫命の姿を見て、翌年駿河の富士浅間社を勧請した。

寛永6年(1629)加賀藩前田候が上屋敷(現東京大学構内)を賜わるにあたり、その地にあった浅間社はこの地に移転した。 東京大学構内一帯は住居表示改正まで本富士町といっていた。

社伝によれば、延文年間(1356〜61)には既に現在の社地は富士塚と呼び、大きな塚があったといわれる。 この塚は一説によると、前方後円の古墳といわれる。

富士神社の祭神は、木花咲耶姫命で、氏子を持たず富士講組織で成り立っていた。

山嶽信仰として、近世中期頃から江戸市民の間に、富士講が多く発生した。 旧5月末になると富士講の仲間の人々は、6月朔日の富士登拝の祈祷をするために当番の家に集まり、祭を行った。 そして、富士の山開きには、講の代参人を送り、他の人は江戸の富士に詣でた。 富士講の流行と共に、江戸には模型の「お富士さん」が多数出来た。 文京区では、「駒込のお富士山」といわれるここと、護国寺の「音羽の富士」、白山神社の「白山の富士」があった。

境内 文京区教育委員会 案内板より


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