京都 三十三間堂 (蓮華王院) SANJYUUSANGEN-DO TEMPLE 30.OCT.2004 天空仙人の神社仏閣めぐり
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「三十三間堂」 | |
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SANJYUUSANGEN-DO TEMPLE
京都府京都市東山区三十三間堂廻り町657
657,SANJYUUSANGENDO-MAWARI-CHO,HIGASHIYAMA-KU,KYOTO
国宝 三十三間堂
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中央の巨像(中尊)を中心に左右500体(重文)と、合計1001体がご本尊。 正しくは「十一面千手千眼観世音」といい、当院の像は檜材の「寄木造り」で、 頭上の11の顔と40本の手(38本と2組)に表現される。 中尊(国宝)は、(大仏師湛慶(運慶の長男)82歳の時の造像で 鎌倉期(建長6年)の名作と評価される。 等身立像の中、124体はお堂創建時の平安期のもので、後の800余体は鎌倉期の 再建の折に約16年をかけて復興された。
堂内両端のひときわ高い雲座にのった風神と雷神像は力強く躍動的。 古代人の自然や天候に対する恐れや感謝の心が、空想的な二神を創造し、 風雨をつかさどり、「五穀豊穣」をもたらす神々として信仰した。 太鼓を打つ雷さまと風の袋をかかえた風の神というイメージを決定づけた 鎌倉彫刻の名品(国宝)である。
観音像の前列と中尊の四方に位置する変化に富んだ28体の仏像(国宝)は、 千手観音とその信者をまもるという神々でインド起源のものが多く、 その神話的な姿が迫真的に表現されている。技法的には檜材の「寄木造り」で、 仏像の手や顔を別々に彫んで接着し、漆を塗って彩色仕上げをしたものである。 目にはより写実性を高めるため、水晶をはめ込む「玉眼」という技法が用いられている。
「楊枝のお加持」は毎年1月中旬に行なわれる当院最大の縁日で「頭痛封じ」に ご利益があるといわれる。境内は無料公開され、全国から約2万人が群参する。 お堂の西庭では、終日、古儀・通し矢(江戸時代に外縁で行われた弓の競技で、 堂内にのこる多数の絵馬はその記録)にちなむ弓道大会が催され、特に成人を 迎えた女性たちの晴れ着での競技は、今や正月の風物詩となっている。
正式には蓮華王院(国宝)といい、長寛2年(1164)鳥辺山麓(現・阿弥陀ケ峯)の 後白河上皇・院政庁「法住寺殿」の一画に平清盛が造進した。約80年後に焼失したが、 すぐに復興に着手し文永3年(1266)に再建された。 その後、室町・桃山・江戸そして昭和と4度の大修理により700年間保存されている。 長いお堂は和様の入母屋・本瓦葺きの「総檜造り」で約120メートル。 正面の柱間が33あるところから「三十三間堂」と通称され、堂内には1001体もの 観音像がまつられる。また、見落としがちだが境内・南の通称「太閤塀」と呼ばれる築地塀と南大門は、ともに豊臣秀吉ゆかりの桃山期の気風にあふれた重文・建造物である。
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