晴明神社 SEIMEI-JINJA SHRINE 20.FEB.1999         天空仙人の神社仏閣めぐり

  
 晴明神社 Official Page


京都 晴明神社 京都 晴明神社
「晴明神社」「晴明桔梗判紋ちょうちん」
SEIMEI-JINJACHOCHIN
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京都 晴明神社 京都 晴明神社
「魔除け絵馬」
MAYOKE EMA
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京都 晴明神社 京都 晴明神社
「晴明神社」「晴明桔梗判紋ちょうちん」
SEIMEI-JINJASEIMEI-KIKYO-HANNMON

京都 晴明神社 京都 晴明神社
「狛犬」「お祓い串」
KOMA-INUOHARAI-GUSI

京都 晴明神社 京都 晴明神社
「ペンダント」「魔よけ御守」
PENDANTMAYOKE-MAMORI

晴明神社

SEIMEI-JINJA SHRINE

京都市上京区堀川通一条上ル晴明町

SEIMEI-CHO,HORIKAWA-DORI-ICHIJO-AGARU,KAMIGYO-KU,KYOTO-SHI,KYOTO

市バス一条戻り橋下車すぐ

御事歴

御祭神晴明公は孝元帝の皇子大彦命の御後胤にして幼時より甚だ御賢明な方にて 万の道に秀でられ、特に天文暦学の道に通達し神道自在の妙術を得られた。 長ずるに及び天文陰陽博士として朱雀帝より、村上、冷泉、円融、花山、一条の 六代の帝の側近に仕えられ数々の功績をたて給い、中にも村上帝の御代進んで 入唐し、城刑山にて伯道仙人の神伝を承け帰朝するや我国独特の陰陽道を確立され 朝廷の祭政、民族生活の基範を定められた。今日我々が日常生活の基準とする 年中行事、暦術、占法等、皆この時を創りとする。 晴明公は御在世中より神の如き御高徳の方にて、移り行く星雲を見ては宮中の 変事を予知し遠国の吉凶を判断されるなど朝野の信望を寄せられ、斯くて一条帝の 御代寛弘二年九月二十六日、御年八十五にて薨去された。 晴明御霊神として祀られるや、我国陰陽道の祖として広く世の崇敬を受けられ 祈るに任せて皆々奇偉なる霊験に浴し、方除守護、火災守護、病気平癒等疑いなき ものなり。

沿 革

当神社は晴明公の邸趾にて寛弘四年(西紀一千年)時の帝、一条天皇が公の御偉業甚だ尊きに拘はらず位階低位にして、 又晴明公は稲荷大神の御分霊なりとの由にて、御鎮霊の勅旨をもつて創建された。 古記によれば南北二丁、東西一丁(東は堀川、西は黒門、北は元誓願寺、南は中立売)の広大な地域を社地とせられたが、 応仁の兵乱後、豊臣秀吉の都造り、度々の戦火により社域縮少し、古書、宝物等も散逸し社殿も荒廃せるを以て晴明九町組なる氏子が中心となり 各式年祭(嘉永六年、明治十一年、明治三十六年、昭和三年)には社地社殿を整備改修し、着々復興され現今の本殿、社務所等は昭和二年御大典記念事業として新築され、 更に亦昭和二十五年には多年宿望の堀川通に面する境内地を拡張する等御神徳を讃仰する崇敬者の熱誠により逐次面目を備へつ、現在に至る。 尚、晴明公御墓所は洛西嵯峨の地に在り(京都市右京区嵯峨角倉町)往古より天龍寺の所管なりし処、 其の荒廃甚しく、昭和四十七年四月同寺より当社境内地として買得し、 鳥居墓碑等を建立し懸案の整備事業を竣工す。

主なる祭祀

新年祭    一月元旦

午前六時境内晴明井より汲み上げたる若水を神前に供し、本社を初め、 日月星辰を拝し国家安泰の祈願を行ふ。

節分星祭  二月 節分日

当日夕刻より諸難厄除、産業隆盛、家内安全の祈願を行ふ。遠近より参拝者多数あり、神賑行事も行はれる。

火災除祈願祭  六月二十六日

当社は古くより火災除の神として信仰篤く、不思儀なる霊験数多く、当日祈祷の后、護符を授与する。

例祭 九月秋分日

当日午前十時より行われる年中の最も重要なる祭儀にて氏子奉賛会、講社員多数参列し、献茶、献花等もあり、 境内に露店立ちならび非常に賑ふ。 尚、例祭前「夜午后七時より宵宮祭あり古式豊かに御湯立神楽が奉納される。

神幸祭  九月秋分日

午后一時本社を出発し、神輿の渡御あり、巡幸区域は東は堀川通、西は智恵光院通、北は上立売通、南は下長者町通の間の氏子町内を巡幸する。 祭列には勇壮なる少年鼓笛隊を先頭に菊鉾、扇鉾、獅子、御神宝、飾馬等に晴風稚児、 八乙女、四神稚児等が独特の装ひも美々しく供奉する。 神輿は本社神輿の他に「桃園みこし」「聚楽みこし」の二社の若神輿も巡幸する、道中御旅所祭を行ひ、午后六時本社に還御する。

嵯峨墓所祭   九月二十六日

当日は晴明公の御命日にあたり、嵯峨墓所に参拝し祭典を執り行ふ。

御火焚祭     十一月二十三日

当日神前に新穀を捧げ午后三時より社前に浄火を焚上げ、豊穣感謝の祭典を執り行ふ。

晴明水

本殿の北寄り(旧社殿の南側)にある堀井を晴明水と云ひ、 往古当社御祭神の御持念により湧出せる霊水にて山城名泉の一つなり、 此の水を拝飲すれば悪病難疾を平癒するといはれ遠近より請ひ来る人数多あり有名なり。

晴明桔梗印

当社の神紋は俗に晴明桔梗ともいはれ、 晴明公の創められた独特のもので陰陽道に用ひられる祈祷呪符の一つである。 天地五行(木・火・土・金・水)を象どり宇宙万物の除災清浄をあらはす。 ギリシャ語でペンタグランマと称し西洋諸国にても魔除の印しとしている。 旧日本陸軍を初め各国軍隊が星の紋章を使用し又慢幕の縄通し、 衣服の一端に縫ひ込まれるのも皆厄除開運を願ふ故なり。

社会奉仕

世は将に科学万能の時代とは云へ我々の身辺には物質文明にて解決出来ない煩雑な事象が生来するものなり。 我々人類は自己の天命を知り、天地神明の御加護を授かり心身の清浄安寧を計り、 加へて文明の恩沢を受けてこそ現代人として益々幸福なる日常生活が営めるものなり。 故に貴賎貧富の別なく広く御神徳を仰がれ度く日日精進潔済の上左記の社会奉仕を行っている。

一、高く尊き御神徳を授かる社頭祈願

厄除開運、方除守護、安産、命名、初宮、進学、開業、結婚、病気平癒等

一、神秘尊厳にして安易に行える出張祭典

地鎮、上棟、竣工、移転、埋立等家宅祭事、邸内鎮守社の勧請、例祭、火焚祭等、神葬、式年慰霊祭等慶弔祭事

一、晴明公の御神示による人生相談

新生児選名、進学、就職、開業、一代の運命、結婚、転居、造作、家相、地相等人生諸般の相談指導

史跡一條戻橋

当社から南へ百米の処、堀川に架る旧跡。源氏物語に「ゆくはかへるの橋」とかかれ、 和泉式部も歌に詠んでいる。 三善清行蘇生の話や渡辺綱の鬼女退治の伝説が残り、晴明公が自在に操った式神を封じ込めたのもこの橋である。 現在でも「戻る」を嫌い葬列や入嫁列は、渡らぬ習しとする。

以上 晴明神社由緒より

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