日野 石田寺(せきでんじ)      Sekidenji Temple    8.Oct.2011        天空仙人の神社仏閣めぐり

日野 石田寺 Official Page
日野 石田寺 写真 日野 石田寺 北向観音堂 写真
「石田寺」「北向観音堂」
Sekidenji TempleKitamuki-Kannondo
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日野 石田寺 土方歳三の墓 写真 日野 石田寺 土方歳三の墓 写真
「土方歳三の墓」「土方歳三の墓」
Hijikata Toshizo no HakaHijikata Toshizo no Haka
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日野 石田寺 土方歳三義豊之碑 写真 日野 石田寺 土方歳三 画像
「土方歳三義豊之碑」「土方歳三」
Hijikata ToshizoHijikata Toshizo
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日野 石田寺 日野七福神 福禄寿 写真 日野 石田寺 カヤの木 写真
「日野七福神 福禄寿」「カヤの木」
Hino Shichifukujin

Fukurokuju

Kaya no Ki
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日野 石田寺(せきでんじ)

Sekidenji Temple

東京都日野市石田石田1-1-10

1-1-10,Ishida,Hino-shi,Tokyo

多摩都市モノレール万願寺駅下車徒歩5分


縁起

愛宕山地蔵院 石田寺

ご本尊 延命地蔵尊

宗派 真言宗智山派 総本山 京都東山 「智積院」

浅川の流れの前に多摩川のせせらぎを背に聞く、当山は多摩八十八ヶ所第86番札所・日野七福神 めぐり(福禄寿)の寺院である。今から6百十余年前(南北朝時代)康安元年(1361)6月2 2日大雪が降り多くの人が餓死したので天下泰平国家安穏を祈願すべく吉祥坊慶誉がこの堂宇を建 立したものといわれている。

17年後永和3年(1377)にいったん廃寺となったが、百数十年を経た天文13年(1544) 7月9日に大雨があり立川の光堂から十一面観音が流れ出て、この地に漂着、これにより観音堂を 建立「北向観音」(運慶作と言う)と呼ばれ大いに信仰を受けた。その後、文禄2年(1593) 慶心沙門が本堂を再建して石田寺(せきでんじ)と名づけられ現在に至っている。

寺宝としては元享2年(1322)から宝徳3年(1451)の板碑を多く所蔵し、また境内には 樹齢600年以上の「かやの木」が聳え、そのわきには新選組副長土方歳三の墓があり、また近く に生家がある。 


此の北向観音は

古くから勝負運に強く、又 病魔退散 子育ての北向観音と呼ばれ多くの信仰を集める。

尚、此のお堂は元禄9年(280年前)に再建後、今日復元されたもの。


市指定天然記念物

石田寺のカヤ

多摩川と浅川の合流点近くに位置する石田寺のカヤは本堂右前にあり、樹高約26メートル、目通 り幹囲4,2メートル、根元から2,5メートルの高さから三岐し、共にやや北に傾き直生してい る。枝張りは四方約5メートル、かつて南西に張り出した太い枝を切除したとのことであるが、今 はその跡すら見いだせない。樹勢は極めて良好である。樹齢400年以上と推定される。カヤはイ チイ科の常緑高木で雌雄別株であるが、当所のカヤは雌株の方である。

日野市教育委員会 案内板より


土方歳三資料館

土方歳三資料館 Official Page


日野 土方歳三資料館 写真 日野 土方歳三資料館 写真
「土方歳三資料館」「土方歳三資料館」
Hijikata Toshizo SiryokanHijikata Toshizo Siryokan
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日野 土方歳三像 写真
「土方歳三像」
Hijikata Toshizo
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日野 土方歳三資料館(ひじかた としぞう しりょうかん)

Hijikata Toshizo Siryoukan

東京都日野市石田2丁目1番地3

2-1-3,Ishida,Hino-shi,Tokyo

多摩都市モノレール「万願寺」駅より徒歩2分


公開日 毎月第1、第3日曜日:12時〜16時 


土方歳三生家跡

新選組副長土方歳三の生家は、ここより約300m東、石田寺の北方にあった。

1846年(弘化3年)、歳三12歳の6月末、長雨による増水で多摩川、淺川の堤防が決壊し、 万願寺や石田村などは大洪水に見舞われたが、歳三の生家は土蔵などに被害を受けた。その後、残 った母屋や土蔵をこの地に解体移築した。

歳三は、その家で1863年(文久3年)2月、京都に上洛するまでの青春時代を過ごした。しか し、その家も老朽化したため1990年(平成2年)取り壊された。

現在、屋敷内には歳三の植えた矢竹が繁り、新築された家屋には相撲の稽古をした大黒柱、歳三の 遺品などが保存されている。

尚、歳三の墓が石田寺にあるが、いわゆる「引き墓」であり、そこに埋葬された訳ではない

資料館前 日野市教育委員会 案内板より


市指定有形文化財(工芸品)

刀 銘和泉守兼定

慶応三年二月日 附 打刀拵

この刀は、土方歳三が新選組副長として京にあった1867年(慶応3年)、京都で兼定に鍛えさ せたものである。歳三が1869年(明治2年)、戊辰戦争で函館において戦死した後、遺品とし て生家に届けられた。長さ約70cm(2尺3寸1分6厘)、柾目鍛に五ノ目乱の波紋を焼き、当 時の拵がついている。

昭和40年(1965年)6月9日指定

日野市教育委員会 案内板より


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