青梅 塩船観音寺(しおふね かんのんじ)      Shiofune-Kannonji Temple    21.April.2010        天空仙人の神社仏閣めぐり

青梅 塩船観音寺 Official Page
青梅 塩船観音寺 護摩堂弘誓閣とつつじ園 写真
「青梅 塩船観音寺 護摩堂弘誓閣とつつじ園」
Shiofune-Kannonji Temple

青梅 塩船観音寺 仁王門 写真
「仁王門」
Niou-mon

青梅 塩船観音寺 薬師堂 写真
「薬師堂」
Yakushido

青梅 塩船観音寺 つつじ園 写真

青梅 塩船観音寺 仁王門 写真 青梅 塩船観音寺 薬師堂 写真
「仁王門」「薬師堂」
Niou-monYakushido
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青梅 塩船観音寺 金剛力士像 写真 青梅 塩船観音寺 金剛力士像 写真
「金剛力士像」「金剛力士像」
Kongo-Rikishi-zouKongo-Rikishi-zou
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青梅 塩船観音寺 阿弥陀堂 写真 青梅 塩船観音寺 阿弥陀三尊像 写真
「阿弥陀堂」「阿弥陀三尊像」
AmidadoAmida-Sanzon-zou
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青梅 塩船観音寺 本堂 写真 青梅 塩船観音寺 本堂 写真
「本堂」「本堂」
HondoHondo
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青梅 塩船観音寺 護摩堂 弘誓閣 写真 青梅 塩船観音寺 千手観音 写真
「護摩堂 弘誓閣」「千手観音」
GomadoSenjyu-Kannon
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青梅 塩船観音寺 不動明王像 写真 青梅 塩船観音寺 不動明王像 写真
「不動明王像」「不動明王像」
Fudo-MyoouFudo-Myoou
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青梅 塩船観音寺 塩船平和観音 写真 青梅 塩船観音寺 塩船平和観音 写真
「塩船平和観音」「塩船平和観音」
Shiofune-Heiwa-KannonShiofune-Heiwa-Kannon
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青梅 塩船観音寺 諸願成就絵馬 写真 青梅 塩船観音寺 だるまみくじ 写真
「諸願成就絵馬」「だるまみくじ」
EmaOmikuji
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青梅 塩船観音寺 本堂とつつじ 写真 青梅 塩船観音寺 薬師堂とつつじ 写真
「本堂とつつじ」「薬師堂とつつじ」
Hondo & TsutsujiYakushido & Tsutsuji
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青梅 塩船観音寺 護摩堂とつつじ園 写真 青梅 塩船観音寺 つつじ園 写真
「護摩堂とつつじ園」「つつじ園」
Gomado & TsutsujienTsutsujien
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青梅 塩船観音寺(しおふね かんのんじ)

Shiofune-Kannonji Temple

東京都青梅市塩舟194番地

194,Shiofune,Oume-shi,Tokyo


別格本山塩船観音寺

当山は真言宗醍醐派の別格本山で大悲山塩船観音寺と称す

当山開創はは大化年間(約1300年前)若狭の八百比丘尼この地に来たり紫金の千手観音像を奉 安したのが始めと云われ其の後天平年間(約1200年前)僧行基が堂宇を再興しこの地を塩船と 名づけた

その後貞観年間(西歴859〜877年)に叡山の僧安然が夢告により来山し諸堂と十二の坊舎を 建立し盛大を極めたと伝えられる

本堂は木造寄棟造り茅葺で内陣中央の本尊を安置する厨子は極めて精巧な作りである

本尊千手千眼観自在菩薩は鎌倉時代の造立で慈悲あふれる温容の秘仏(御開扉年4回)である

本尊の御名は衆生の求願を聞くのではなくその声を自在に観ることが出来る又一度に千の願いを観 て一度に千の手を以て願いを叶えること故に千手千眼観自在菩薩と云う

本尊の眷属である二十八部衆は現存数ヵ寺で全国二番目の歴史を持つ貴重な尊像である

本尊・二十八部衆   鎌倉時代   都指定有形文化財

本堂・厨子      室町時代   国指定重要文化財

  本尊 御真言

オン バザラ タラマ キリク


塩船観音寺

新護摩堂 弘誓閣(こうせいかく)

つつじ園のほぼ中央に位置するこの新しい堂宇は 平成10年4月5日に落慶大法要を厳修し、正 式名称を 攝受院 護摩堂 弘誓閣と称し、当山に日々参詣される信徒各位の諸願成就の為のご祈願 の中心道場である。

当山は大化年間(約1300年前)に人魚姫伝説と縁の深い若狭の国の尼僧「八百比丘尼」が諸国 遍歴の途中に開創されたと伝えられている。当地「塩船」の名の由来は、天平年間(約1200年 前)に高僧行基菩薩が関東巡錫の折り、当地の地形が周囲を小高い丘に囲まれ船の如き様相を呈し ているところから諸仏の慈悲の誓いであり、一切衆生を弘く救わんとする願いの船である「弘誓の 船」になぞらえて付けられたものである。そしてこの堂宇の名称も又「弘誓の船」に由来している のである堂宇の高梁にかかる扁額は、真言宗長者 京都総本山醍醐寺座主 大本山三宝院門跡 麻生 文雄 大僧正猊下のご染筆である。

また、東国のへんろ道である「関東八十八ヶ所霊場」の札所でもあり、白装束に金剛杖の「おへん ろさん」の姿もみうけられる。このへんろ道は群馬県高崎市の慈眼院(高崎観音)を皮切りに一都 六県にまたがり約1550kmの距離を数え最後に埼玉県妻沼町の聖天院(妻沼の聖天さん)で結 願する弘法大師とともに歩く同行二人の修行の道である。当山はその第七十二番札所である。

第七十二番札所 塩船観音寺 御詠歌

忘れずも導き給へ観世音

  弘誓の船に 乗りて 到らん

 本尊ご真言

オン バザラ タラマ キリク

 弘法大師ご宝号

南無遍照金剛

   大悲山 塩船観音寺


薬師堂

堂宇は単層茅葺きで間口2間に簡素な造りである。

本尊は薬師如来で正しくは薬師瑠璃光如来と伝い、当方に位置し七種の宝石からなる 浄瑠璃浄土 (又は当方浄瑠璃国)の主で、別名瑠璃光如来とも大医王如来とも呼ばれる

奈良時代以来盛んに信仰され、奈良薬師寺は持統天皇の病気平癒のため建てられたほどで 今日で も湯治場など医療の仏様として多く祭られている

その尊容を見ると、一切衆生に安楽無畏(恐怖を取り除く)を施さんがため、二手に施無畏の印を なし、特に左手には衆生の病を治さんがために薬壺を持している

当山伝承によれば、左右に日光、月光の両菩薩有りと伝ふが時代変遷の中で遺失してしまった  又同伝承口伝によれば当山のこの尊は除病平癒ボケ封じ長寿健康眼病平癒に効験有りと伝ふ

堂宇本尊とも奉献年不詳(鎌倉末期と思われる)

本尊御真言

オンコロコロセンダリマトウギソワカ


市指定 有形文化財 薬師堂

塩船観音寺の開基(かいき)および再興(さいこう)は、八百比丘尼、行基との伝説があるが、貞 観年間(859〜876)に天台宗の安然が比叡山(ひえいざん)から七社権現を勧請(かんじょ う)し、阿弥陀堂(あみだどう)、薬師堂(やくしどう)および十二僧坊を建立(こんりゅう)し たという。

この薬師堂は、桁行(けたゆき)三間、梁行(はりゆき)二間、木造、寄棟造(よせむねつくり)、 茅葺(かやぶき)、一重の小仏堂である。

建築年代は不明であるが、壁が竪羽目板壁目板打(たてはめいたかべめいたうち)であること、天 井がなく屋根下地が直接見えるなど素朴(そぼく)で簡素(かんそ)な趣(おもむ)きがある。

堂内には藤原仏と推定される薬師如来像一躯(やくしにょらいぞういっく)を安置(あんち)して いる。

昭和46年に解体復元工事を行い、現在に至っている。

昭和43年11月3日 指定

青梅市教育委員会


不動明王(ふどうみょうおう)

大智(だいち)の劍(けん)を執(とっ)ては

貪瞋癡(とんじんち)を害(がい)し

三昧(ざんまい)の索(なは)を持(ぢ)して

難伏(なんぶく)の者(もの)を縛(ばく)し

無相(むそう)の法身(ほっしん)

虚空同體(こくうどうたい)なれば

其(その)住處(ぢうしょ)もなし

但(たゞ)衆生(しゅじょう)心想(しんそう)の中(うち)に

住(ぢう)したまふ

境内 案内板より


塩船観音寺

塩船観音寺は、大化年間(645年〜650年)に創建したと伝えられる古刹。 苔むした茅葺屋根の本堂、本尊を安置する厨子は、室町時代の建築で国指定重要文化財です。

周囲を小丘に囲まれ、船の形に似ていることから、仏が生きとし生けるものを救おうとする願いの舟「弘誓の舟」に重ね合わせて、 塩船観音寺と名づけられたと伝えられています。

広い敷地の中は、花の寺の異名にふさわしく季節の花で彩られ、秋の紅葉もまた、見応えがあります。

1.本堂と山門は国の重要文化財に指定されている。本堂の屋根は茅と杉皮の交ぜ葺きで、苔むした様子にも風情がある。

2.本堂に安置されている本尊は千手観昔。木造木彫の立像。

3.山門は切妻造りの茅葺き屋根で、山号「大悲山」の扁額が掛けられている。


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