光明山 如意輪寺(にょいりんじ)      Nyoirinji Temple       武蔵野三十三観音霊場 第四番      7.APRIL IN 2003  天空仙人の神社仏閣めぐり


武蔵野三十三観音霊場 第四番 如意輪寺 写真 武蔵野三十三観音霊場 第四番 如意輪寺 写真
「山門」「観音堂」
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「鐘楼堂」
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武蔵野三十三観音霊場 第四番 如意輪寺 写真
「本堂」
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武蔵野三十三観音霊場 第四番 光明山 如意輪寺(にょいりんじ)

Nyoirinji Temple

東京都西東京市泉町2−15−7


如意輪寺は、光明山福生院如意輪寺という。真言宗智山派に所属して、総本山は京都東山七条の智積院である。 如意輪寺草創の正しい年代は不詳であるが、寺内の墓地に中興開山といわれる第七世恵定法印の五輪塔があり、 正保四年(1647年)示寂の銘があることから寺の歴史は古く、草創は北條氏時代(1500年頃)まで遡ると推定されている。 また下田氏一族の墓地には、寛永16年(1639)、慶安5年(1651)等の古碑があり、江戸時代初期の資料として貴重である。 この他にも、応長元年(1311)、嘉吉4年(1441)、寛正2年(1461)等の板碑も保存されている。

当山の本尊は本来不動明王であったが、明治25年(1892年)の火災により本堂、庫裡などと共に消失し、新本堂建立とともに、 金剛界大日如来(鋳造、享保5年製作)を本尊として安置し、観音堂には如意輪観世音を奉祠する。 明治25年の火災により本堂庫裡共に全焼して、本尊不動明王や古文書などもすべて焼失しているが、 境内東南隅にあった観音堂は難をまぬがれて、大正2年(1913)現在地に移築され、保谷の観音さまとして皆に親しまれている。 武蔵野三十三観音霊場第4番如意輪寺現在、武蔵野三十三観音霊場第4番札所、多摩新四国八十八ヶ所霊場第35番札所となっている


○観音堂

如意輪寺の堂宇は明治25年の火災でほぼ全焼したが、境内の東南の端にあった観音堂のみ焼失を免れた。 入母屋造の観音堂は安永五年(1776年)に建立されたもので、大正2年(1913年)に現在の位置に移された。 観音堂には秘仏の如意輪観音を安置する。

○山門の金剛力士像

保谷・志木線の道路に面して赤い山門が建っている。石畳みの参道の脇にはきれいに刈り込まれた植栽が続いている。 山門の両側には高さ2.7mの大きな仁王像が安置されている。 錦戸新観師が東大寺南大門の仁王尊の原型を模して彫刻し、鋳金家藤原武氏が鋳造したものである。


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