田無神社(たなし じんじゃ)    Tanashi Jinja Shrine   7.APR.2003    天空仙人の神社仏閣めぐり


田無神社 田無神社 写真
「田無神社」「扁額」
Tanashi Jinja ShrineHengaku
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田無神社 田無神社 御神輿 写真
「田無神社」「御神輿」
Tanashi Jinja ShrineMikoshi
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田無神社 写真 黒龍 田無神社 写真 白龍
「黒龍」「白龍」
KokuryuHakuryu
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田無神社 狛犬 写真 田無神社 絵馬 写真
「狛犬」「絵馬」
KomainuEma
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田無神社 絵馬 写真 田無神社 絵馬 写真
「絵馬」「絵馬」
EmaEma

田無神社 枝垂れ桜 写真 田無神社 枝垂れ桜 写真
「枝垂れ桜」「枝垂れ桜」
Shidare-zakuraShidare-zakura
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田無神社(たなし じんじゃ)

Tanashi Jinja Shrine

東京都西東京市田無町3−7−4

3-7-4,Tanashi-Cho,Nishi-Tokyo-Shi,Tokyo


尉殿大権現 田無神社 由緒記

田無神社の創立は遠く不詳です。本宮はすでに正応年間(鎌倉期、13世紀)に谷戸の宮山に 鎮座し尉殿大権現(尉殿権現社)と呼ばれていました。

時代は下り、徳川家康が江戸幕府を開くにおよび、当神社は元和8年(1622年)年に上保 谷に分祀し(尉殿神社)さらに寛文10年(1670年)に現在の地に遷座したのです。 当神社は明治5年(1872年)に田無神社と改称し、現在に至っております。

御祭神の尉殿大権現(級津彦命、級戸辺命)はすべての命の源である水と、よろずの災いを 祓う風を司る豊穣と防災の守護神でその御姿は金龍神として顕現いたします。

金龍神は境内の東西南北にお祀りされている青龍神、白龍神、赤龍神、黒龍神の中心となり、 五龍神としてその御神威をいや高めに高め、あらゆる災難、悪しき方位の障りを祓い除けて 下さいます。

田無神社には大国主命も主祭神としてお祀りされております。大国主命は厄除、商売繁盛、 学業成就、病気平癒、縁結び、国土開発の神様で世に福の神と呼ばれ、その御神徳の高さ、 ご慈愛の深さは計り知れません。

また田無神社本殿には、須佐之男命(厄除、病気平癒、子育ての神)、猿田彦命、八街比古 命、八街比売命(交通安全の神様)、日本武尊命、大鳥大神(開運、商売繁昌の神様)、応 神天皇(外国文化を導く神様)さらに御神徳の高いすべての神様をお祀りしてあります。


田無神社 東京都指定有形文化財 本殿・拝殿

彫工 嶋村俊表作 安政6年(1859)

田無神社本殿は入母屋造りの銅板葺きで唐破風、千鳥破風をあしらった総欅造り、そして組 物は三手先という江戸期を代表する神社様式の社殿です。とりわけ彫刻装飾が美しく、周囲 の扉、欄干、柱、長押など隅々にまで大胆で繊細な彫り物がほどこされています。まさに、 江戸期の粋を集めた木彫建造物といえるでしょう。

この本殿は江戸神田の名工、嶋村俊表によって造られたものです。嶋村家は当時「江戸彫物 御三家」の一つで石川家、後藤家とともに隆盛を誇っていた名門でした。

俊表はほかに川越の氷川神社(県指定重要文化財)や成田山新勝寺釈迦堂(国指定重要文化 財)などの名作を残しましたが、この田無神社の本殿には円熟期の俊表の技量がみごとに発 揮されています。 誠に島村俊表の代表作と申せましょう。

                          東京芸術大学 学長 宮田亮平


田無神社と五木寛之

五木寛之は昭和7年に福岡県で生まれ その後 京城 平壌などに住み 朝鮮半島で終戦を 迎え 昭和22年に日本に戻りました

早稲田大学に入学後 ひととき田無神社に住んでいました

その頃のことを彼は作品に残しています

その後「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞を受賞し「青春の門」などの優れた文学作品を書き続け  今日に至っています

                              宮司謹書

境内 案内板より


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