高崎 少林山 達磨寺(だるまじ)      Takasaki Darumaji Temple    天空仙人の神社仏閣めぐり

高崎 少林山 達磨寺 Official Page

萬福寺法然院地蔵院蓮華寺源光庵崇福寺

少林山 達磨寺 総門 少林山 達磨寺 総門
「総門」「総門」
SoumonSoumon
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少林山 達磨寺 石段 少林山 達磨寺 観音堂
「石段」「観音堂」
Ishi-DanKannon-Do
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少林山 達磨寺 少林山 達磨寺 本堂扁額
「大講堂」「本堂扁額」
DaikodoHondo Hengaku
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少林山 達磨寺 だるま納め所 少林山 達磨寺 だるま
「だるま納め所」「だるま」
Daruma OsameshoDaruma
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少林山 達磨寺 少林山 達磨寺
「鐘楼」
Shouro
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少林山 達磨寺 少林山 達磨寺
「達磨」「達磨絵馬」
DarumaDaruma Ema
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少林山 達磨寺 招福の鐘 少林山 達磨寺
「招福の鐘」
Shoufuku no Kane
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少林山 達磨寺 少林山 達磨寺
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少林山 達磨寺 御朱印
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高崎 少林山 達磨寺(だるまじ)

Takasaki Darumaji Temple

群馬県高崎市鼻高町296

296,Hanadaka-Machi,Takasaki-Shi,Gunma


縁  起

昔、碓氷川のほとりに観音様のお堂がありました。ある年、大洪水のあと川の中に光る物があるの で、里人が不審に思って見ますと香気のある古木でした。これを霊木としてお堂に納めておいたと ころ、延宝8年(1680)一了居士という行者が、信心を凝らして一刀三礼、この霊木で達磨大 師の坐禅像を彫刻してお堂にお祀りしました。まもなく、達唐大師の霊地少林山として知られると、 元禄10年(1697)領主酒井雅楽頭は、この地に水戸光圀公の帰依された中国の帰化僧心越禅 師を開山と仰ぎ、弟子の天湫和尚を水戸から請じ、少林山達磨寺(曹洞宗寿昌派)を開創しました。 享保11年(1726)水戸家から、三葉葵の紋と丸に水の徽章を賜い永世の祈願所とされました。 のち、隠元禅師を中興開山に仰ぎ、黄檗宗に改め、以来法灯連綿として今日に至ります。


霊符堂

北辰鎮宅霊符尊と初祖達磨大師・開山心越禅師をお祀りしているお堂で、一般に本堂と呼んでいま す。また、黄檗鉄眼版「大般若経」六百巻納めてあります。 北辰鎮宅霊符尊は、天神地神、日月 星辰の総帥として天の中心に位置する北斗星を神格化したもので、妙見菩薩ともお呼びします。過 去・現在・未来三世の運勢を主宰し、吉凶禍福・家相方位を司る霊神で、善星を招来して幸福を守 護し、悪星を除いて悪事災難を消滅する大威徳を具えています。 星祭りご祈祷の関東唯一の霊場 として広く知られ、古来から深く信仰されています。

だれにでも親しまれている”だるまさん”は菩提達磨といい、今から千五百年ほど前に、インドの 香脂国の第三王子として生まれた実在のお方です。出家してお釈迦さまの教えを弘めるため中国に 渡り、嵩山少林寺で面壁九年の修行され、現在の世界的”禅”の興隆の基礎を築かれ、禅宗の初祖 達磨大師と仰がれています。どんなに困難に遭っても、七転び八起きの精神で克服できるように願 をかけてお祀りする、開運吉祥の福の神として、達磨大師は沢山の人々から信仰されています。


達磨堂

このお堂は大阪の篤信者、大山立修氏のだるまコレクションの寄贈がもとになり、昭和61年10 月5日達磨大師の縁日に開堂しました。堂内には古今東西各種各様の”だるまさん”が所狭しとお 祀りしてあります。


観音堂

十一面覿世音菩薩を本尊としてお祀りしてあります。古来子授け・安産・厄除けにあらたかな霊験 があることで信仰されています。また、当山最古の建物で、近郊では唯一の茅葺きのお堂として知 られています。


大講堂

達磨大師を本尊にお祀りし、禅を通じて人格教育を行う道場であります。サークルでの禅研修、新 入社員研修など、寝食を共にし禅の生活を体験する研修の場として利用されています。また、黄檗 鉄眼版の「一切経」六千六百七十一巻が納まっています。


瑞雲閣

禅の教えを広め、精神文化の向上と発展に寄与するため、昭和50年にできました。中には坐禅室 があり、毎日早朝坐禅会が行なわれ、また結婚式や茶会など儀式や各種行事も行なう事ができます。 また内部にはタウト展示室や玄関内に仏教図書室(達磨文庫)もあります。


福だるま

上毛かるたに”縁起だるまの少林山”とあるように当山が福だるま発祥の寺です。古来、開山心越 禅師の画かれた一筆達磨像を、一年の禍いを除くお札として正月に近在の家々に配っていました。 天明の飢饉のあと、九代の東嶽和尚は苦しい農民たちの副業になるようにと、この像をもとに木型 を彫り、作り方を伝授し、七草大祭に売り出されたのが始まりとされています。現在、百軒以上の 農家で製造され、少林山のだるま市を皮切りに、開運の神として年間170万箇も出荷されている この福だるまは、全国の縁起物のトップといわれています。


七草大祭

 通称 少林山のだるま市

 例年1月6日・7日

1月7日は霊符尊降臨の吉日であり、前夜祭から縁日として数十万人の参詣者で賑わいます。 なお、7日には世界平和等を祈願する大般若経六百巻の転読法要が厳修されます。

     少林山 達磨寺 しおり より


縁起だるまの由来

まゆは鶴、ひげは亀を表わす縁起だるまは別名「福だるま」、「高崎だるま」とも呼ばれ、古くか ら多くの人々に親しまれて来ました。その特徴は七転び八起きといわれるように、いくら転がして もすく起き上がります。ですから「起き上がり小法師」、「不倒翁」ともいわれ、そめ重心の低い 安定した形は心の置き所を示し、いかなる困難にも対処できう、落ち着いた心と忍耐力を表わしま す。また、まろやか形は心の在り方を示し、穏やかで円満な人間性を表わしています。

さて、この縁起だるまは当少林山達磨寺が発祥の地となっています。当寺はテしビドラマ「水戸黄 門」でおなじみの水戸光圀公が深く帰依された中国からの渡来僧、東皐心越禅師が開山されました。 以来水戸家との縁が深く、のちに三ツ葉葵の紋所と丸に水の徽章をいただき、水戸家永世の祈願所 となりました。

今から二百年ほど前、天明三年に浅間山の大噴火があったり天変地異が多く起こり、大飢饉となっ てしまいました。この惨状を見かね、生活の苦しかった附近の農民救済のため当山九代目の東嶽和 尚は、開山心越禅師の画れた「一筆だるま坐禅像」をもとに木型を彫り、張り子だるまの作り方を 農家の人々に伝授しました。

そして正月の七草大祭の縁日に掛け声勇ましく売られうようになったのが縁起だるまの始まりです。 幸いにも冬場は空っ風の吹く上州の乾燥した気候が、このだるま作りに適し、農閑期の副業として 年々歳々さかんになってきました。

このだるまさんの元になったのは、菩提達磨という実在のお方です。このお方は南インドの香至国 の第三王子としてお生まれになりました。やがて出家し、あ釈迦様からの教えを継ぎ二十八代目と なられ、より多くの人々にこの教えを広めようと、幾多の因難にもめげず海路はるばる中国へ布教 伝導に渡られました。そして禅宗の基礎を築かれ、初祖達磨大師といわれるようになりました。

達磨大師の逸話はたくさんありますが、嵩山少林寺での「面壁九年」は有名です。九年もの間ひた すら坐禅を続けられました。縁起だるまの形はまさしくこの坐禅の姿ですから、達磨大師の精神力 がそのまま具わっています。

〔開眼のしかた〕

だるまさんに向かいあい、まず心を静め、願いをこめて向かって右に墨で眼を書き入れます。これ を開眼といいます。そして一年間無事に過せた時、あるいは願いごとが叶えられたときに、感謝の 心をこめてもう一方の眼を書き入れることになってあります。

達磨大師のように、いかなる困難も克服し、願いごとが成就して無事にだるまさんの両眼が開けら れるよう、惑わされず、振り回されず、正しい心の目を見開いて精進いたしましょう。また、目標 をより大きくし、ますます進歩発展するようにと、年々だるまさんを大きくしていくというならわ しもあります。達磨大師の御加護により、皆様のお幸せな人生と世界の協調平和を切に願います。


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