品川 養玉院 如来寺(ようぎょくいん にょらいじ)      Yogyokuin Nyoraiji Temple       19.Sep.2013  天空仙人の神社仏閣めぐり

養玉院 如来寺 Official Page
品川 養玉院 如来寺 山門 写真 品川 養玉院 如来寺 本堂(大雄宝殿) 写真
「山門」「本堂(大雄宝殿)」
SanmonHondo
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品川 養玉院 如来寺 五智如来堂(瑞應殿)写真 品川 養玉院 如来寺 五智如来堂(瑞應殿)写真
「五智如来堂(瑞應殿)」「五智如来堂(瑞應殿)」
Gochi-Nyoraido ZioudenGochi-Nyoraido Ziouden
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品川 養玉院 如来寺 金剛力士像 写真 品川 養玉院 如来寺 金剛力士像 写真
「金剛力士像」「金剛力士像」
Kongo RikishizouKongo Rikishizou
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「五智如来」

薬師如来、宝生(勝)如来、大日如来、阿弥陀如来、釈迦如来
品川 養玉院 如来寺 大日如来像 写真
「大日如来像」
Dainichi-Nyoraizou
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品川 養玉院 如来寺 阿弥陀如来像 写真 品川 養玉院 如来寺 宝生如来像 写真
「阿弥陀如来像」「宝生如来像」
Amida-NyoraizouHosho-Nyoraizou
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品川 養玉院 如来寺 釈迦如来像 写真 品川 養玉院 如来寺 薬師如来像 写真
「釈迦如来像」「薬師如来像」
Shaka-NyoraizouYakushi-Nyoraizou
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品川 養玉院 如来寺 金剛界曼荼羅 写真 品川 養玉院 如来寺 胎蔵界曼荼羅 写真
「金剛界曼荼羅」「胎蔵界曼荼羅」
Kongokai MandaraTaizoukai Mandara
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品川 養玉院 如来寺 荏原七福神 布袋尊 写真 品川 養玉院 如来寺 写真
「荏原七福神 布袋尊」
Hoteison
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品川 養玉院 如来寺 金剛界曼荼羅 写真 品川 養玉院 如来寺 胎蔵界曼荼羅 写真
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品川 養玉院 如来寺(ようぎょくいん にょらいじ)

Yogyokuin Nyoraiji Temple

東京都品川区西大井5-22-25

5-22-25,Nishi-Ooi,Shinagawa-Ku,Tokyo


養玉院 如来寺

荏原七福神の布袋尊

養玉院如来寺の縁起

養玉院如来寺は、明治41年に芝高輪より当地へ移転していた帰命山佛性院如来寺と、 下谷坂本にあった金光山大覚寺養玉院とが、大正15年に合併して帰命山養玉院如来寺となりました。

養玉院の縁起

養玉院は、三明院(三藐院)として寛永寺屏風坂御門内に創建されました。慈眼大師が開山、 南光坊弟子の賢海(日野大納言資勝卿之四男)が初代となっています。 寛永寺の創建に伴い、下谷坂本に移転しています。 対馬藩宗家の江戸菩提寺兼江戸宿寺となり、宗対馬守義成室養玉院より院号を養玉院と改称しました。 大正15年に西大井に移転していた如来寺と合併しました。


木造五智如来坐像(五体)

五智如来堂(瑞應殿)内に、向かって右から薬師如来、宝生(勝)如来、大日如来、阿弥陀如来、釈迦如来の五体が安置されている。 いずれも像高3mにも及び、「大井の大仏」と呼ばれている。

五像は、木食但唱が弟子と共に信濃国で造立し、寛永13年(1636)年江戸芝高輪に如来寺を建てて安置した。 如来寺は、明治三十年代に、大井村(現在地)に移り、大正十五年養玉院と合併したが、五智如来は、如来寺伝来のものである。

薬師如来以外は、火災で諸堂と伴に焼失し、宝暦年間(1751〜1764)に再建されたが、壮観を姿は江戸庶民の信仰と結びつき、 由緒ある如来像は貴重である。

品川区教育委員会 案内板より

木造念海和尚像

養玉院二代念海和尚の肖像彫刻で、高さ50.5cmの像である。 探題帽(白羽二重の帽子)を被り、法衣の上に文様を描いた袈裟を付け、横?(右肩から左脇に付ける長方形の布)をまとい、 合掌した形に造られている。小柄な像であるがいきいきとした顔立ちをしている。

像底部の漆書きから制作年代は寛文11年(1671)、制作者は仏師の長五郎であることがわかる。

石造線刻地蔵菩薩坐像

高さ267cm、巾85cmの安山岩の表面に、結跏趺坐(座禅の形)する地蔵菩薩坐像が線刻されている。 像の高さは、119.5cmで、体の立体感を巧みに表現し、衣の文様も簡潔な線でふくらみをよくだしている。 また、裾の部分は二重線でふちどり、独特な装飾性を見せている。

本像の蓮華座の下の銘から、慶安4年(1651)に念仏講衆25人によって制作されたものであることがわかる。

品川区教育委員会 案内板より

木造釈迦如来及び両脇侍像

中尊の釈迦如来は、像の高さ133cmの坐像である。 脇侍は、向かって右が老年の迦葉尊者で、像の高さ169cm、左が壮年の阿難尊者で、像の高さ168.5cmのいずれも立像である。

三尊のそれそれの背に朱の漆書きがあり、三尊とも延宝5年(1677)に、 沙門兆渓が明国の范宗仁に長崎で彫らせたものであることがわかる。 元は、江戸洲崎村(現墨田区東向島)の黄檗宗弘福寺(後天台宗に改宗)にあったが、当院に移したといわれている。

木造阿弥陀如来立像

対馬藩主宗家に伝わった像といわれ、新阿弥陀堂の本尊として安置されている。

像の高さ91.5cmの寄木造りで、平安時代の末期から鎌倉時代の初期(1150〜1200頃)に制作された古い像である。

木造天海僧正坐像

老人の姿で椅子に坐った像の高さ90cmの寄木造りの像である。 像の内部の墨書によると、寛永21年(1644)に大仏師慶雄が制作したことがわかる。

絹本着色阿弥陀三尊来迎図

阿弥陀如来が、脇侍の観音・地蔵菩薩とともに、臨終の信者を極楽浄土へ迎える図で、軸に仕立てられており、 室町時代の作と推定される。

阿弥陀三尊の脇侍は、一般的には観音及び勢至菩薩であるが、本図は、地蔵菩薩が描かれている珍しい図である。

品川区教育委員会 案内板より


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