所沢 山口観音(金乗院)    Yamaguchi Kannon Kinjyoin Temple        武蔵野観音霊場第十三番     6.April 2008    天空仙人の神社仏閣めぐり


山口観音(金乗院)本堂 山口観音(金乗院)本堂
「本堂」「本堂」
HondouHondou
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山口観音(金乗院) 山口観音(金乗院)山門
「山門」
San-mon
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山口観音(金乗院)武蔵野七福神 山口観音(金乗院)プレイグベル(マニ車) 武蔵野七福神
「武蔵野七福神」「プレイグベル(マニ車)」
Musashino ShichifukujinPlay Bell
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山口観音(金乗院)地蔵堂 ぽっくりさん 山口観音(金乗院)地蔵堂 ぽっくりさん
「地蔵堂(ぽっくりさん)」「地蔵堂(ぽっくりさん)」
PokkurisanPokkurisan
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山口観音(金乗院)五重塔 山口観音(金乗院)
「五重塔」
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山口観音(金乗院)仏国窟 山口観音(金乗院)高麗王の梵鐘
「仏国窟」「高麗王の梵鐘」
Bukkoku-kutsuKomaou no Bonshou
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弘法大師絵伝


山口観音(金乗院)弘法大師絵伝 御誕生宝亀5年6月15日 山口観音(金乗院)弘法大師絵伝都へ遊学
「御誕生宝亀5年6月15日」「都へ遊学」
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山口観音(金乗院)弘法大師絵伝 室戸崎の苦行 山口観音(金乗院)弘法大師絵伝 唐の国へ留学
「室戸崎の苦行」「唐の国へ留学」
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山口観音(金乗院)弘法大師絵伝 唐青龍寺で恵果阿闍梨よりの真言受法 山口観音(金乗院)弘法大師絵伝
「唐青龍寺で恵果阿闍梨よりの真言受法」
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山口観音(金乗院)弘法大師絵伝 高雄山時代 山口観音(金乗院)弘法大師絵伝 嵯峨天皇の病気平癒
「高雄山時代」「嵯峨天皇の病気平癒」
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山口観音(金乗院)弘法大師絵伝 高野山開創 山口観音(金乗院)弘法大師絵伝 讃岐満濃池修築
「高野山開創」「讃岐満濃池修築」
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山口観音(金乗院)弘法大師絵伝 東寺の下賜と綜芸種智院の創設 山口観音(金乗院)弘法大師絵伝 御入定承和2年3月21日
「東寺の下賜と綜芸種智院の創設」「御入定承和2年3月21日」
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所沢 山口観音(金乗院)

Yamaguchi Kannon Kinjyoin Temple

埼玉県所沢市上山口2203

2203,Kamiyamaguchi,Tokorozawa-shi,Saitama


山口観音(金乗院)

古くから観音信仰の霊場として知られ、真言宗豊山派の寺院で、山号は吾庵山、寺号は放光寺といい、 寺伝によれば、奈良時代の僧行基によって弘仁年間(810年〜824年)に開基したと伝えられています。 後に弘法大師が東国巡錫の折、龍神に祈念し霊泉を得たので以来弘法大師加持水と称しました。

山口観音には四体の千手観音像があり、一体は御本尊で他一体は藤原様式を伝える市指定文化財になっています。 また、山口観音は狭山三十三所第一番の札所、武蔵野七福神の布袋尊、武蔵野三十三観音第十三番札所となっています。 本堂のプレイグベル(マニ車)、五重塔や仏国窟など他にはない御利益のあるものが多い寺院です。 本堂の天井には墨絵の「鳴き竜」が描かれています。 御利益としては、諸願成就・延命長寿・滅罪・病気平癒に加え知恵と福徳を授けていただけるとなっています。 狭山三十三所は、一説には、天明8年(1788)に山口観音の亮盛和尚と妙善院の卍杲和尚によって開かれた狭山丘陵と その周辺に点在する霊場として知られています。

山口観音は昔は現在の所に観音堂があって更に東方1キロメートの元寺の地に金乗院があったといわれています。 亮盛和尚の代に今の本堂が出来たといわれ、亮盛和尚は「坂東霊場記(三十三所坂東観音霊場記)」をはじめ 「七夕草露集」などの多くの著作を著わしています。又仏教が盛んになるよう江戸で出開帳を行っています。 「山口詣」も亮盛が書いたものではないかと伝えられています。

山口観音では新田義貞が鎌倉攻めの際、ここに立ち寄り戦勝の祈願をしています。 伝新田義貞祈願文が伝えられていて、元弘三年庚申五月十五日の日付と義貞の花押が書かれています。 又境内には義貞誓いの桜と呼ばれる桜の木や義貞公霊馬などがあります。


ぽっくりさん

当山十八世亮盛師が元禄年間本山に遊学した時、高野山の引導地蔵を紹来したものです。

弘法大師様が入定(死亡)された時、振り返って見送られたままの姿は大変貴重な形です。

此のお地蔵様を信仰される人は永い病気をすることなくお地蔵様に由って極楽浄土へ見送られます。

建物は昭和49年解体復元され地下から多数の埋蔵物が発見されました。


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