西国 第二十番札所 善峯寺 (よしみねでら) YOSHIMINE-DERA TEMPLE 31.OCT.2002 天空仙人の神社仏閣めぐり

善峯寺 OFFICIAL PAGE


山門 善峯寺 観音堂

「山門」

「観音堂」

SAN-MONKANNON-DO
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善峯寺 阿弥陀堂 善峯寺 釈迦堂

「阿弥陀堂」

「釈迦堂」

AMIDA-DOSHAKA-DO
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多宝塔

「多宝塔」

「経堂(えま堂)」

TAHO-TOKYO-DO
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善峯寺 遊龍の松

「経堂(えま堂)」

「遊龍の松」

KYO-DOYUURYU-NO-MATSU
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善峯寺の紅葉 善峯寺の紅葉

「紅葉」

「紅葉」

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「扁額」

「絵馬」


善峯寺 (よしみねでら)

YOSHIMINE-DERA TEMPLE

京都府京都市西京区大原野小塩町1372

1372,OOHARANO-OSHIO-CHO,NISHIKYO-KU,KYOTO


 善峯寺は、西方浄土の思想から、比叡山の西の連山であるこの西山地方に、 長元2年(1029)源算上人が開山された。

源算上人は、恵心僧都の高弟で、因幡国(鳥取)に生まれ、横川(比叡山)の恵心僧都に従い、 顕密の蘊奥を極め47歳の時、当山に入られ小堂を結び、十一面千手観音の像を刻み 本尊となし、仏法を興隆された。

長元7年9月には、後一条天皇より鎮護国家の勅願所と定められ 良峰寺の寺号及び聖詠を賜わった。

 「野をもすぎ 山路に向う雨の空 よしみねよりもはるる夕立」

以来歴代天皇の崇敬あつく、中世には青蓮院の宮(法親王)が代々住まわれ、 西山の宮(門跡)と称された。

後花園天皇(102代)が伽藍を改築せられ、僧坊52の多きに及んだが、応仁の乱に 兵火を免れず焦土と化した。

その後現在の本堂をはじめ諸堂が徳川5代将軍綱吉の母桂昌院の帰依によって再建された。

約3万坪の境内は京都が眼下に見える回遊式庭園となっており、境内には、天然記念物の 「遊龍の松」があり、別名「松の寺」とも呼ばれている。西国三十三ヶ所巡りの 第二十番札所でもある。


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