銭洗弁天(宇賀福神社)    (ぜにあらい べんてん うがふく じんじゃ)    Zeniarai Benten(Ugafuku Jinja Shrine)   天空仙人の神社仏閣めぐり


銭洗弁天(宇賀福神社) 銭洗弁天(宇賀福神社) 奥の院
「奥の院」
Okunoin
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銭洗弁天(宇賀福神社) 銭洗弁天(宇賀福神社)
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銭洗弁天(宇賀福神社)弁財天 銭洗弁天(宇賀福神社)
「弁財天」「福神銭洗」
BenzaitenFukujin Zeniarai
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銭洗弁天 銭洗弁天(宇賀福神社)神紋 三つ鱗
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銭洗弁天 銭洗弁天

銭洗弁天(宇賀福神社) 銭洗弁天(宇賀福神社)

銭洗弁天 御宝銭 銭洗弁天(宇賀福神社)
「御宝銭」「火打ち石」
OTAKARA SENHIUCHI ISHI
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銭洗弁天(宇賀福神社)

銭洗弁天(宇賀福神社)(ぜにあらい べんてん うがふく じんじゃ)

Zeniarai Benten(Ugafuku Jinja Shrine)

神奈川県鎌倉市佐助2−25−16

2-25-16,Sasuke,Kamakura-Shi,Kanagawa

JR横須賀線鎌倉駅から徒歩約25分


ご利益

金運向上、開運招福、商売繁盛


銭洗弁財天 宇賀福神社 縁起

文治元年巳の年巳の月巳の日  「之より西方に一つの谷あり、境域清浄にして神泉あり。

今後この霊水を汲み来りて絶えず城中にて用い  天神地祇両部会の神仏に供養する時は 人民自ら信仰心を起こし四海の内豊楽の栄を見ん。 我はすなわち隠里の主宇賀福神なり。」 という夢の中の老翁のお告げにより 源頼朝公が近侍に命じて霊告の清泉を尋ね当て ここに宇賀福神を勧請し この隠里の名泉を鎌倉府中四井の御前水に加え五名水と称しました。

その後 正嘉元年巳の仲秋 時の執権最明寺時頼公が頼朝公の信心に基づき 福徳の現れるべき「辛巳なる金」の縁日を選び 人々に参詣をすするめるとともに

「これを信仰するもの 貨幣を持ち来りて この霊水にてその心とともに洗い清めるとき  不浄の塵垢は消えて福銭となり 一粒万倍の功力を顕わし 一家繁昌子孫長久の守となるべし。」

と自ら銭を洗い祈誓したため 信仰の厚い人々がこれにならい この水で洗った金銭財宝は如何なる場合にも損耗して消えることのないという奇跡により その後幾百年の間 巳の日の縁日には人々が多数参詣しております。


銭洗弁財天 宇賀福神社 御由緒

鎮座地 鎌倉市佐助

祭神 本社 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)

奥院 弁財天


由緒

当社の草創は悠久の昔のことで詳かに知るを得ないが凡そ鎌倉時代に遡るといへる。

口碑によると源頼朝公一夜霊夢の告げによりこの隠里の宇賀福神を崇拝して安心立命を得て治政大 いに挙れりと云う。爾来これにあやかり帰依信仰する者あとをたたず。

新編相模国風土記には「銭洗弁財天 村の西方佐助谷にある大岩窟を云う往古夜中に人語あり聞く 悉く吉事のみを語りしと云う 鎌倉五水なり」と記している。神仏習合によって久しく弁財天の名 で親しまれ、明治の神仏分離令で神社となる。

現在、神社本庁所属の神社として崇敬者は全国津々浦々に及んでいる。

銭洗水で金円を洗うことは心を清め不浄の金を洗うことにより寿福幸運が授けられる尊い信仰であ る。


鎌倉幕府の始祖源頼朝公は治承7年(1183)幕府を樹立しましたが、永い戦乱によって国民の 生活は苦しくなっていました。頼朝公は神仏の加護を願って、日夜お祈りを捧げたのです。

文治元年(1185)の巳の月の巳の日に不思議なことが起こりました。一人の老人が頼朝公の夢 枕に現れて、「ここから西北の方向に仙境があり、きれいな泉が岩の間から湧き出しています。そ こは清浄な地で福の神が住んでいて、その水を使っています。

この水こそは真の神の霊水なのです。この水を絶えず使って、神仏をまつれば、人々は自然に信仰 心を起こし、悪魔や邪鬼も退散して、国内はすぐに平穏に治まります。私こそは隠里(かくれざと) の主である宇賀神です。」というとその姿を消しました。

夢のお告げの通りに西北の谷に泉を見つけました。そこに岩窟を掘らせ、宇賀神をまつり、その水 を使って神仏の供養を続けると国中は静かになり、人々は富み栄えるようになり、これがここの起 こりだといわれています。

その後、正嘉元年(1257)巳の年の中秋に、時の執権北条時頼公は、頼朝公の信心を受け継い で、隠里の福神を信仰しました。その時、公は「辛巳(かのとみ)」「なる」「かねの日」がすべ ての人々に福徳が授けられる日だと調べ、この日に人々が参詣することをすすめたということです。

また、この時弁財天を信仰する者が、持っている金銭をこの水で洗い清めると同時に、心身を清め て行いを慎めば、不浄の塵埃が消えて、清浄の福銭になるといい、率先して持っている金銭を洗っ て一家繁昌、子孫長久を祈りました。以来七百余年銭洗井は鎌倉五名水の一つとしても天下に聞こ え、四季の参詣者は絶える事はありません。

御由緒より


銭洗弁財天 宇賀福神社

巳の年の文治元年(1185)、巳の月、巳の日、源頼朝に宇賀福神の夢のお告げがありました。 「西北の谷に湧き出す霊水で神仏を供養せよ。天下は泰平になるであろう」

お告げの通りにこの地に湧き水があったので、さっそく宇賀福神を祀り、その水で神仏の供養を行 ったことが、創建の由来だといわれています。

この湧き水でお金を洗って使うと、何倍にもなって返ってくると信じられています。鎌倉五名水の 一つです。

○祭神 本宮 市杵島姫命

    奥宮 弁財天

○創建 文治元年(1185)

鎌倉市 案内板より


鎌倉五名水

銭洗水、甘露水、金龍水、日蓮乞水、梶原太刀洗水


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