銭洗弁天(宇賀福神社) ZENI-ARAI BENTEN(UGAFUKU JINJA SHRINE) 8.OCT.1997 神社仏閣めぐり




「御宝銭」

「火打ち石」

OTAKARA SENHIUCHI ISHI


銭洗弁天(宇賀福神社)

ZENI-ARAI BENTEN(UGAFUKU JINJA SHRINE)

神奈川県鎌倉市佐助2−25−16

2-25-16,SASUKE,KAMAKURA-SHI,KANAGAWA

JR横須賀線鎌倉駅から徒歩約25分


ご利益

金運向上、開運招福、商売繁盛


銭洗弁財天 宇賀福神社 御由緒

鎮座地 鎌倉市佐助

祭神 本社 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)

奥院 弁財天

由緒

当社の草創は悠久の昔のことで詳かに知るを得ないが凡そ鎌倉時代に遡るといへる。

口碑によると源頼朝公一夜霊夢の告げによりこの隠里の宇賀福神を崇拝して安心立命を得て 治政大いに挙れりと云う。爾来これにあやかり帰依信仰する者あとをたたず。

新編相模国風土記には「銭洗弁財天 村の西方佐助谷にある大岩窟を云う往古夜中に人語あり聞く 悉く吉事のみを語りしと云う 鎌倉五水なり」

と記している。神仏習合によって久しく弁財天の名で親しまれ、明治の神仏分離令で神社となる。

現在、神社本庁所属の神社として崇敬者は全国津々浦々に及んでいる。

銭洗水で金円を洗うことは心を清め不浄の金を洗うことにより 寿福幸運が授けられる尊い信仰である。


鎌倉幕府の始祖源頼朝公は治承7年(1183)幕府を樹立しましたが、 永い戦乱によって国民の生活は苦しくなっていました。

頼朝公は神仏の加護を願って、日夜お祈りを捧げたのです。

文治元年(1185)の巳の月の巳の日に不思議なことが起こりました。 一人の老人が頼朝公の夢枕に現れて、「ここから西北の方向に仙境があり、 きれいな泉が岩の間から湧き出しています。

そこは清浄な地で福の神が住んでいて、その水を使っています。

この水こそは真の神の霊水なのです。この水を絶えず使って、神仏をまつれば、 人々は自然に信仰心を起こし、悪魔や邪鬼も退散して、国内はすぐに平穏に 治まります。私こそは隠里(かくれざと)の主である宇賀神です。」というと その姿を消しました。

夢のお告げの通りに西北の谷に泉を見つけました。そこに岩窟を掘らせ、 宇賀神をまつり、その水を使って神仏の供養を続けると国中は静かになり、 人々は富み栄えるようになり、これがここの起こりだといわれています。

その後、正嘉元年(1257)巳の年の中秋に、時の執権北条時頼公は、 頼朝公の信心を受け継いで、隠里の福神を信仰しました。その時、

公は「辛巳(かのとみ)」「なる」「かねの日」がすべての人々に福徳が 授けられる日だと調べ、この日に人々が参詣することをすすめたということです。

また、この時弁財天を信仰する者が、持っている金銭をこの水で洗い清めると同時に、 心身を清めて行いを慎めば、不浄の塵埃が消えて、清浄の福銭になるといい、率先して 持っている金銭を洗って一家繁昌、子孫長久を祈りました。以来七百余年銭洗井は 鎌倉五名水の一つとしても天下に聞こえ、四季の参詣者は絶える事はありません。

御由緒より



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