高岡 瑞龍寺(ずいりゅうじ)      Zuiryuji Temple       6.JAN.2005  天空仙人の神社仏閣めぐり

瑞龍寺 Official Page
高岡 瑞龍寺 高岡 瑞龍寺
「総門」「山門」
SoumonSanmon
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高岡 瑞龍寺 高岡 瑞龍寺
「仏殿」「法堂」
ButsudenHatto
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高岡 瑞龍寺 高岡 瑞龍寺
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高岡 瑞龍寺 高岡 瑞龍寺
「扁額」「回廊」
HengakuKairo
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高岡 瑞龍寺 高岡 瑞龍寺
「石廟」「前田利長公石廟」
SekibyoMaeda Toshinaga ko Sekibyo
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高岡 瑞龍寺 高岡 瑞龍寺
「金剛力士像」「金剛力士像」
Kongo RikishizoKongo Rikishizo
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高岡 瑞龍寺 高岡 瑞龍寺
 「雲版」
KaipanUnpan
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高岡 瑞龍寺(ずいりゅうじ)

Zuiryuji Temple

富山県高岡市関本町35

35,Sekihon-Machi,Takaoka-Shi,Toyama


沿革

History

曹洞宗高岡山瑞龍寺は、加賀二代藩主前田利長公の菩提をとむらうため三代藩主利常公に よって建立された寺である。 利長公は高岡に築城し、この地で亡くなった。加賀百万石を譲られた義弟利常は、深くそ の恩を感じ、時の名匠山上善右衛門嘉広をして七堂伽藍を完備し、広山恕陽禅師をもって 開山とされた。

造営は正保年間から、利長公の五十回忌の寛文三年(1663)までの約二十年の歳月を要 した。当時、寺域は3万6千坪、周囲に壕をめぐらし、まさに城郭の姿を想わせるものが あった。 平成9年12月3日、山門、仏殿、法堂が国宝に指定された。また、総門、禅堂、大庫裏、 回廊、大茶堂が国の重要文化財に指定されており、江戸初期の禅宗寺院建築として高く評 価されている。

伽藍及び建造物

Garan & Building

伽藍は、鎌倉時代広く我国にもたらされた中国の寺院建築を模して建立されたもので、総 門・山門・仏殿・法堂を一直線に配列し、左右に禅堂と大庫裏を置き、加えて四周を回廊 で結ぶなど、厳粛且つ整然たる伽藍構成である。

名匠山上善右衛門嘉広は、利長公の代より前田家の信任厚く、禅宗様建築を良くし、近世 工匠の中でも一流の域に達した名工の一人であった。 なお善右衛門はこの瑞龍寺の他に、能州滝谷の妙成寺、加州那谷寺の諸堂、越中大岩日石 寺、能州一の宮気多大社、加州小松の天満宮等、多くの建築を命ぜられた。

仏殿(国宝)

Butsuden

万治2年(1659)に建立された。 山上善右衛門嘉広の最も心血を注いだ力作の一つで、総欅造りである。屋根は鉛板をもっ て葺かれている。これは全国において金沢城石川門にその例をみるだけである。上層軒組 は、禅宗建築の純粋な形式であり、屋根裏の扇垂木やエビ虹梁など複雑にして妙をえた架 構法である。 御本尊として中国明代の釈迦・文殊・普賢の三尊をまつる。

法堂(国宝)

Hatto

明暦年間(1655〜1657)の竣工に成る。建坪186坪。 境内第一の大建築、総桧造りとなっている。構造は方丈建築に書院建築を加味したもので 、六室より成っている。中央奥の内陣には二代藩主前田利長の御位牌が安置されている。 法名は「瑞龍院殿聖山英賢大居士」。

中央二室の格天井には狩野安信の四季の百花草が描かれており、正面内陣の欄間には高岡 という地名の由来となった鳳凰が刻まれている。

山門(国宝)

Sanmon

正保2年(1645)に建立され万治年間に場所を変えて建直す。延享三年(1746) 火災で焼失、現在の建物は文政三年(1820)に竣工した。当時としてはめずらしく和算 により設計されている。 左右に金剛力士像を安置し、楼上には釈迦如来、十六羅漢をまつる。

■大庫裏(重要文化財)

Oguri

調理配膳や寺務運営を行う堂である。天井が漆喰で曲線になり結露に配慮してある。正面 には韋駄天尊像がまつられている。

■大茶堂(重要文化財)

Daisado

創建当初に造られたもので、その存在は全国的に類例は少ない。その構造は外壁や軒下を 土蔵と同じ大壁とし、内部を土天井とした大変珍しい防火建築物である。

■総門(重要文化財)

Somon

正面三間の薬医門形式で正保年間の建立である。

■石廟(県指定文化財)

Sekibyo

前田利長、利家、織田信長、同室正覚院、織田信忠の分骨廟。石廟の中には、宝篋院塔が まつられている。

■禅堂(重要文化財)

Zendo

坐禅修行をする建物であるが、坐禅だけではなく、食事、睡眠もとれる生活空間である。 延享三年に焼失、直ちに再建された。幕末に三分の一に縮小され、今回の修理で再び創建 当初の姿に復元された。

NATIONAL TREASURE ZUIRYUJI

Zuiryuji temple belongs to the Soto sect (Zen sect) of the Japanese Buddhism.

This temple was built by Toshitsune Maeda 360 years ago, and it is consisted of 7 buildings, which is thought to be like a human body. Sanmon, Butsuden and Hatto have be designated as National Treasures.

Butsuden especially shows a great Zen style of building; the technique of architecture and carvings are easily recognized for their high quality. Besides this roof was made of lead, which is quite rare in Japan. It was thought that the roof could be used for the bullets in case of war, and that the l could be used for protection instead of the castle.

瑞龍寺 パンフレットより


高岡山 瑞龍寺沿革

曹洞宗高岡山瑞龍寺は加賀藩二代藩圭前田利長公の菩提を弔うため三代藩圭利常公によっ て建立された寺である。

利長公は高岡城を築城し、この地で亡<なった。

加賀百二十万石を譲られた異母弟利常公はその恩を感じ、時の名匠山上善右衛門嘉広をし て禅宗建築の七堂伽藍を完備し、広山恕陽禅師をもって開山とされた。

造営は正保年間から、利長公の五十回忌の寛文三年(1663)まで約二十年の歳月を要 して完成した。当時、寺域は三万六干坪(約十万八千平方米)で周囲に壕をめぐらし、ま さに城郭の姿を想わせるものがあった。平成九年、山門、仏殿、法堂が国宝に指定され、 禅堂、大庫裏、大茶堂、回廊が重文に追加指定となり江戸時代を代表する禅宗建築として 高く評価されている。


富山県指定文化財

瑞龍寺 石廟 

前田利長公は本能寺の変後、織田信長公父子の分骨を迎えてその霊を慰めたと伝えられる。

利長公の菩提寺瑞龍寺を造営した時、開山広山恕陽禅師が利長公父子も加え同じ形式の五 基を建造したのがこの石廟の由来である。

廟の石材は淡緑色の凝灰石(俗称越前笏谷石(シャクタニイシ))を用い壇上積の基礎の 上に立つ切妻型石廟建築である。

石廟は向かって右から前田利長公(高岡開祖)、前田利家公(加賀藩祖)、織田信長公( 利長夫人 玉泉院の父)、織田信長公側室、織田信忠公(信長公の子息)の五人のもので、 中でも利長公のものは壁面に二十五菩薩を刻んだ代表的な優品である。

これら五基の石廟は地方政治史上、又石造建築史上の貴重な資料でもあるところから昭和 45年3月2日富山県指定文化財史跡に指定された。


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