本能寺(ほんのうじ) Honnou-ji Temple 19.Oct.2007 天空仙人の神社仏閣めぐり
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「寺紋 結び雁金」 | 「寺紋 鶴の丸」 |
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Jimon Musubi-Karigane | Jimon Tsuru-no-Maru |
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「信長公廟」 | 「信長公廟」 |
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Nobunaga-ko byo | Nobunaga-ko byo |
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Honnou-ji Temple
京都市中京区下本能寺前町522−1
522-1,Shimo-honnouji-mae-cho,Nakagyou-ku,Kyoto
本能寺 法華宗本門流の大本山で、応永22年(1415)、日隆上人によって創建された。 当初は本応寺と称していたが、永享5年(1433)、六角大宮に移転した際、 本能寺と名を改め、更に天文14年(1545)、油小路蛸薬師一帯に広大な寺域を得て大伽藍を復興した。 本寺は、天正10年(1582)、織田信長が明智光秀によって襲撃(本能寺の変)され、 自刃したところとして世に名高いが、その折、30余りの宿坊を構えた大伽藍は灰燼に帰した。 その後、豊臣秀吉の都市計画により、天正17年(1589)、現在の地に移転再建したが、 江戸時代後期に天明・元治の大火にかかり、堂宇は悉く焼失し、現在の本堂は昭和3年(1928)に再建されたものである。 寺宝には、花園天皇宸翰、伝藤原行成筆の書巻等の貴重な逸品を蔵し、 境内には、織田信長及びその側近達の供養塔、並びに江戸時代後期の南画家浦上玉堂父子の墓などがある。 京都市 案内板より
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