佐保路 不退寺(ふたいじ)      Futaiji Temple       20.Feb.2010        天空仙人の神社仏閣めぐり


佐保路 不退寺
「佐保路 不退寺」

佐保路 不退寺 南大門 佐保路 不退寺 本堂
「南大門」「本堂」
NandaimonHondo
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佐保路 不退寺 本堂 佐保路 不退寺 多宝塔
「本堂」「多宝塔」
HondoTahotou
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佐保路 不退寺 佐保路 不退寺
「業平橋」「御詠歌」
Narihira-BashiGoeika
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佐保路 不退寺 伊勢物語 八十八段 石碑 佐保路 不退寺 百人一首第十七段 石碑
「伊勢物語 八十八段 石碑」「百人一首第十七段 石碑」
SekihiSekihi
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佐保路 真言律宗 不退寺(ふたいじ)

Futaiji Temple

奈良県奈良市法蓮町517

517,Houren-cho,Nara-shi,Nara


大和北部八十八ヶ所第十八番札所

御詠歌

観音をただ一筋にたのみつつ不退の寺に急ぎまいらん


不退寺の由緒

仁明天皇の勅願により近衛中将兼美濃権守在原業平朝臣の建立になる不退寺は大同四年(809) 平城天皇御譲位の後、平城京の北東の地に萱葺きの御殿を造営、入御あらせられ「萱の御所」と呼 称せられた。その後皇子阿保親王及びその第五子業平朝臣(825〜880)相承してこゝに住し た。

業平朝臣伊勢参宮のみぎり天照大神より御神鏡を賜わり「我れつねになんじを護る。なんじ我が身 を見んと欲せばこの神鏡を見るべし、御が身すなわち神鏡なり」との御神勅を得て霊宝となし、承 和十四年(847)詔を奉じて旧居を精舎とし自ら聖観音像を作り本尊として安置し、父親王の菩 提を弔うと共に、衆生済度の為に『法輪を転じて退かず』と発願し、不退転法輪寺と号して、仁明 天皇の勅願所となった。略して不退寺(業平寺)と呼び、南都十五大寺の一として、法燈盛んであ った。その後時代の推移と共に衰頽したが慶長七年(1602)寺領五十石を得て、一時寺観を整 え南都に特異な存在を示した。境内の整備も一段と振い、面目とみに一新するに至った。

今もなお、美しく清掃されたその清々しさは、業平朝臣伝承の美の象徴とも言える。

昭和五年四月久邇宮邦英殿下の御来山を仰ぎ有難き御言葉添えによって、当山の修理が一段と進捗 すると共に記念として香炉一基を下賜され、本尊の霊前にあって寺史に精彩を加えている。


【建造物】


南門(重要文化財)

切妻造本瓦葺の四脚門で、方柱には大きな面を取り左右身柱の上に豪壮な板蟇股を載せ、中央冠木 の上には束を中心に、笈形風にいろいろと飾り立てているのが特異である。鎌倉末期の建築で、昭 和九年の修理により墨書銘を発見確認されている。笈形を盛んに用いた室町・桃山の建築様式の先 駆をなしたともいえる最古のものである。


本堂(重要文化財)

桁間五間、梁間四間、屋根単層、寄棟造本瓦葺、軒は二軒で二重繁?、斗拱は三斗の枠組、中備に 間斗束を配している。軸部は円柱で正面の頭貫を虹梁の様態に扱っている。これが正面中央に虹梁 を架けた最初のもので、この方法が鎌倉時代に入って一般となったもので注目すべき点である。内 部の柱頭部に三斗を組み、木鼻をつけている特異な構造であって、中央に二条の大虹梁を架け、梁 の上に太瓶束を立て・折上組入天井の廻縁を支えている。爾未、桃山・江戸・昭和と三回の修理を 経て現在に至ったもので、その様式を完全に残している。


多宝塔(重要文化財)

柱は方柱大面取、方一二間で中央の間に板扉を開き、左右には青鎖窓をはめている。斗拱は三斗出 組とし、斗拱間には鎌倉時代特有の美しい蟇股を配し、柱頭部には頭貫を通じ、貫端に天竺様の木 鼻を附けている。内部は二重折上げの小組格天井をはめ、彩絵を以て装飾している。その一部は修 理に際し復原されたものである。この塔には最初上層があって檜皮葺であったことが寛政年間刊行 の大和名所図絵によって明らかで、高さは十三メートル六〇、明治以降下軸部のみとなったとはい え、鎌倉中期の特徴を具え当代の多宝塔としては出色のもので、池を隔てゝ見る姿はまことに優雅 である。

おぼかたは  つきをもめでじ

これぞこの

つもれば人のおいとなるもの


【仏像部】


聖観世音菩薩立像(重要文化財)

1メートル90(平安初期)、本尊であって木彫一木造りで、全身胡粉地に極彩色の花文装飾を施 した豊満端厳な像で、業平朝臣御自作の代表的な名作である。


五大明王像(重要文化財) 

木彫着彩、不動明王(中尊)降三世明王(四面八臂)1メートル50、軍茶利夜叉明王(一面八臂) 1メートル58、金剛夜叉明王(三面六臂)1メートル46、大威徳明王(六面六臂牛騎)一メー トル四五の五躯であるが、五大明王がかく完備したのは珍らしいもので金剛夜叉明王は特に傑出し ている。藤原時代中期の作風をもつ貴重な遺作である。


阿保親王坐像(県指定文化財)

1メートル、木彫、鎌倉時代のもので、肖像彫刻中の佳作で業平朝臣の父である。


地蔵菩薩立像

70センチ、木彫一木造りで、弘仁時代の作で多宝塔に安置された千体地蔵の本尊とも言うべきも のであろうと言われている。千体地蔵は現在数体残しており、墨書銘によると(御仏千躰地蔵菩薩 安浪御作也……)安浪作の千体地蔵が安置されてあったことが判った安阿彌のかへ字で、名工快慶 をいうのであろう。


【その他】

石棺(五世紀)

庫裡の庭にあって石材は春日砥(砂岩の一種)で、心ない草刈の人たちがこれで鎌を研いだと思わ れる痕が沢山残っている。附近には古墳が沢山あって、おそらくそこから運ばれたものであろうと 言われている。


業平の舎利塔(重文)、業平像軸、釈迦涅槃像軸、弁財天像、石卒都婆、伊勢物話、こけら経等多 数の寺宝がある。


【当山の主な行事】

○星祭り祈願祭  節 日

○釈迦灌仏会(花まつり) 4月8日

○業平忌         5月28日

○地蔵祭         8月23、24日


【秘宝特別展】

〇在原業平画像御開扉日

             3月1日〜春分の日

             5月1日〜5月20日

            10月25日〜11月10日

○多宝塔  特別開扉   五月二十八日(業平忌)

境内には、れんぎょう・椿・かきつばた・萩・菊・もみじ・美男葛(びなんかずら)、四季の花が 咲きみだれる。

●れんぎょう見頃=4月上旬  ●美男葛・南天・千両見頃=10月下旬〜1月下旬

南都花の古寺 不退寺 しおり より


「伊勢物語」第88段

於ほ可たは津きをもめて新古礼曽こ能

徒裳れは人のお伊登奈る毛乃

おほかたは月をもめでじこれぞこの積もれば人の老いとなるもの

掛詞 つき(月と年月)

訳   私はたいていの人が言うように月の美しさを誉めたくない。

(平安時代、世間の人は月を愛でなかった)

それはこの月が積もり重なって、人は年をとってしまうからである。

・在原業平朝臣がお月見をされていた時に詠まれた晩年の歌。

・陽成天皇の御宸筆と伝えられる

・昭和55年の千百年御遠忌記念事業として建立。

「伊勢物語」第88段 石碑 案内板より


                        「百人一首」第17段 

業平朝臣

ちはやぶる

神代もきかず

竜田川からくれないに

水くくるとは

(歌意)

神代の昔でさえも

聞いたことはない。

竜田川が(紅葉を散り流して)

紅色に水をしぼり染めにしているなどとは。

・在原業平朝臣が竜田川に紅葉の流れている屏風絵を題にして詠まれた。

・昭和62年奈良市、京都市、大津市「京津奈広域観光事業」の「小倉百人一首史跡めぐり」を記 念して、平成元年5月15日に建立したもの。

・生駒石の自然石

・書は平田華邑氏(遺作)。

「百人一首」第17段 石碑 案内板より


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