岸和田 岸城神社(きしき じんじゃ)      Kishiki Jinja Shrine       天空仙人の神社仏閣めぐり


岸城神社 岸城神社
「鳥居」「拝殿」
ToriiHai-dan
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岸城神社 岸城神社
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岸城神社 岸城神社
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岸城神社 ちぎりの糸 岸城神社
「ちぎりの糸」
Chigiri-no-ito
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岸城神社 狛犬 岸城神社 狛犬
「狛犬」「狛犬」
KomainuKomainu
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岸城神社 狛犬 岸城神社 狛犬
「狛犬」「狛犬」
KomainuKomainu
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岸城神社(きしき じんじゃ)

Kishiki Jinja Shrine

大阪府岸和田市岸城町11−30

11-30,Kishiki-cho,Kishiwada-shi,Osaka


岸城神社御由緒

御祭神

       天照皇大神  アマテラスオオミカミ  元岸和田村産土神

       素盞嗚尊   スサノオノミコト    牛頭天王

       品陀別命   ホンダワケノミコト   八幡厄神

天照皇大神(アマテラスオオミカミ)は、往古より当地の産土神としてお祀りされ、寛文 6年(1661)には、岸和田城の城郭拡大に伴って城内「神明社」付近に取り込まれ、 天照大神小社(通称・神明社)と称された。その後も岸和田村民の崇敬は厚く、明治初年 には境内末社として境内地に遷座され、平成20年には、御社殿改築を期に主祭神として 増祀された。

素盞嗚尊(スサノオノミコト)は、慶長3年(1598)小出秀政が岸和田城の普請を完 成。この頃、初代城主・小出秀政が隣村より分祀。岸和田郷の総社として、江戸期は牛頭 天王社の名称で崇敬された。社伝によると、牛頭天王は、正平17年(1362)、隣村 の長が老親の病平癒を願って京都・感神院(現・八坂神社)より勧請したものである。

品陀別命(ホンダワケノミコト)は、慶長3年(1598)頃、牛頭天王社の城内遷座を 期に、岸和田郷内にあったと思われる八幡神を併祀。岸和田城の鎮守として、江戸期は八 幡社の名称で崇敬された。

小出秀政が城内に社殿を築造した後も、元和5年(1619)岸和田城主となった松平康 重が寛永年間(1624〜43)に新たな社殿を建立し、春日大明神・愛宕大権現・天満 天神の三社を勧請。岡部氏初代・宣勝は、廃壊した社殿を万治4年(1661)に修復、 彫物などで美しく飾り立てている。このように古くより歴代藩主の崇敬が厚く、氏子も宮 座を組み祭祀を務めた。また、宮寺である日光寺(明治初年廃寺・現本殿地にあった)で は「三郷(村・町・浜)の寄合」が開かれる等、当社は岸和田城下民の拠り所であった。

「御宮」の名称で親しまれた牛頭天王社と八幡社を、明治初年に合祀し、岸城神社と改称。 城内「神明門」付近にあった「神明社(神照太小社)の社殿を現境内に移す。 明治6年(1872)郷社に列し、明治29年(1896)には、旧藩民・氏子の奉賛に より現在の広大な境内が整備された。明治40年(1907)神餞幣帛料供進社に指定さ れ、大正4年(1915)大工町「蛭子神社」、大北町「琴平社」を合祀。これより、現 在の20ヶ町を氏地とする産土神社となる。平成23年の御鎮座650年大祭を迎えるに あたって、境内の整備が着々と進められている。


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