松陰神社 (しょういん じんじゃ) SHOIN JINJA SHRINE 29.SEP.2001 天空仙人の神社仏閣めぐり

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松陰神社

「松陰神社」

SHOIN JINJA


鳥居

「鳥居」

「扁額」

TORII

HENGAKU


松陰先生像

「帳」

「松陰先生像」

TOBARI

SHOIN-SENSEI ZOH


松陰神社お守り

「絵馬」

「松陰神社お守り」

EMA

OMAMORI


松陰神社 (しょういん じんじゃ)

SHOIN JINJA SHRINE

東京都世田谷区若林4−35−1

4-35-1,WAKABAYASHI,SETAGAYA-KU,TOKYO

東急世田谷線松陰神社前駅から徒歩5分

TEL. 03-3421-4834 


御祭神

吉田寅次郎 藤原矩方命


御由緒

松陰先生は、天保元年(1830)8月4日長門の国(山口県)萩において、藩士 杉百合之助常道の次男として生まれる。

名は矩方、通称寅次郎、字名は松陰、二十一回猛士と号す。

松陰先生5歳のとき、世々山鹿流兵学師範の吉田家を嗣ぐ。つとに尊皇攘夷を唱え 憂国の志甚だ深く、海外に航して宇内の形勢を究めようとしたが果たせず、松下村塾で 家学を教授し、維新の大業を翼賛した俊秀の青年多数ここより輩出した。明治維新の 先覚の士、松陰先生の愛国の至誠は、独り日本人のみならず広く世界の人々の敬仰する ところである。

  「親思ふ こころにまさる親ごころ

        けふの音づれ 何ときくらん 」

安政6年(1859)10月27日安政の大獄に連座し、江戸伝馬町の獄中で刑死、 後千住小塚原に葬られた。(享年三十歳)4年後の文久3年(1863)松下村塾 門下生、高杉晋作、伊藤博文等により此の世田谷若林の地に改葬された。

神社所在地一帯は、旧毛利藩主毛利大膳大夫の別邸であった故を以て、大夫山 (だいぶやま)と呼ばれている。

明治十五年先生門下の人々相謀り、墓畔に社を築いて松陰神社とあがめ、 先生の御霊をまつり、長く忠魂の鎮座する所となった。

現在の社殿は先生没後五十年祭を記念して、昭和2年(1927)に造営された ものである。

鎮座百余年を過ぎた今日、勉学、進学、開運厄除、の神として崇敬を集めている。

社頭 由緒書きより


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