山王総本宮 日吉大社(ひよし たいしゃ) Hiyoshi taisha Shrine 天空仙人の神社仏閣めぐり

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HIYOSHI TAISHA NISHI-HONGU

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山王鳥居

「鳥居」

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「提灯」

TORII

SANNO-TORII

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東本宮楼門

「東本宮楼門」

HIGASHI-HONGU

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樹下宮本殿

「御輿」

「樹下宮本殿」

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MIKOSHI

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GOHEI


「狛犬」

「太鼓」

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KOMA-INU

TAIKO

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ROMON

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SHIN-EN-MAMORI

SHIN-EN

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SHIN-EN SUZU

FUKURA SUZUME

KODOMO-MAMORI


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「交通安全ステッカー」

「もみじ絵馬」

MOMIJI EMA

KOTSU-ANZEN STICKER

MOMIJI EMA


「猿の霊石」

「山王神猿絵馬」

「身代わり福娘」

SARU-NO-REISEKI

SANNOH-SHIN-EN-EMA

MIGAWARI-FUKU-MUSUME


日吉大社(ひよし たいしゃ)

Hiyoshi taisha Shrine

滋賀県大津市坂本五丁目一番一号

5-1-1,SAKAMOTO,OOTSU-SHI,SHIGA

TEL 077-578-0009

京阪電車終点坂本駅から徒歩約10分

またはJR湖西線叡山坂本駅から徒歩約20分


ご利益

方除け、厄除け、鬼門除け、商売繁盛、良縁、子授け、子育て


山王総本宮  日吉大社

   日吉大社は東西両本宮を中心に数多くの社殿が鎮座している。 全国に三千八百余社の分霊社があり、その総本宮である。世にいう山王二十一社とは、 上七社・中七社・下七社の総称であり、そのなかでも上七社は重要な位置を占めている。 すなわち西本宮を筆頭に、東本宮・宇佐宮・牛尾宮・白山宮・樹下宮・三宮宮と続き それぞれに神輿を有する。

境内は、八王子山(牛尾山)を含む十三万坪で、国宝二棟(東西両本宮本殿 日吉造り)、 重要文化財十七棟を有す。かつては境内百八社・境外百八社といわれ境内並びに坂本の 町々までもが神々の一大拠点であった。

創祀

東本宮の御祭神大山咋神は、古事記上巻に「此の神は近淡海国の日枝山に坐す。」と 記載されているように、神代の昔より比叡山に鎮座する地主神である。 御神名の「クイ」というのは、山の樹木やその麓の田畑の五穀をグイグイと伸ばし 育てて下さる御神徳を指したものである. その兄弟神には竈神・庭の神・玄関の神・土の神があり、その御両親の神が大年の神(稲の神)と 水の神であることから五穀豊穣から家庭日常生活の守り神として広く信仰される。

一方、西本宮の御祭神 大己貴神は天智天皇七年(668年)大津京遷都にあたつて、 大和国三輪山(大神神社)より勧請し、大津京を始め国家鎮護の神として祀られた。 この神は、伊邪那岐・伊邪那美神により生まれた国土を開拓・統治なされた神である。

沿革

都が平安京に遷り、京都が日本の中心となると、当社が都の表鬼門(東北)に当ることから、 国民並びに都の鬼門除け更には国家の鎮護、方除け、魔除け、災難除けの祈願の社とされ、 延久3年(1072)後三條天皇の行事がなされ、以来歴代の慣例となるほどとなった。

土木建築の守護神として武家の崇敬も篤く、武家が一国の城主に封ぜられると、その城及び その封ぜられた国の鎮護の神として分霊を遷し奉られた。 伝教大師が比叡山に天台宗の延暦寺を建立し開宗されると、天台宗の護法神、 あるいは伽藍神として仏教とも 深い関係を持つに至り、「日吉山王」と称された。 また、大師が中国(唐)より持ち帰られた我が国初の茶実は「日吉茶園」(京阪石坂線坂本駅隣)にて 栽培され、産茶の起源となった。 延暦寺の勢力が強大になるにつれ神仏習合が進み、本地垂迹説(神は仏の仮の姿として現われたと する説)により寺院の様に扱われ、また朝廷への強訴の際には僧兵により神輿が担ぎ出された。 建物及び神輿は、織田信長の焼き討ちによって全て灰燼に帰し、それ以後の再建であり 桃山・江戸初期のものである。又、明治の神仏分離に伴う廃仏毀釈により仏教施設が除かれて、 現在の景観となった。中世以前の古絵図には広い神域に根本多宝塔、彼岸所等が描かれており、 当時の姿をうかがい知ることができる。

例祭日

四月十二日から十五日にわたり齋行される山王祭は、天下泰平・五穀豊穣を祈願し、山 王七社の神輿が神幸する勇壮な祭である。

社格

『延喜式』(927撰)では「名神大社」とみえ、後朱雀天皇長暦3年(1039) 二十二社の一社にくわえられた。二十二社とは、特に朝廷より重んじられて、 国家に重大事や天変地異のあるごとに、使を遣されて奉幣を受ける神社のこと。 明治四年に官幣大社に列格.

日吉大社 しおりより


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