芝東照宮(しば とうしょうぐう)      Shiba Toshogu   天空仙人の神社仏閣めぐり

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「芝東照宮」「芝東照宮」
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「扁額」「ちょうちん」
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芝東照宮(しば とうしょうぐう)

Shiba Toshogu

東京都港区芝公園4−8−10

4-8-10,Shiba-Koen,Minato-Ku,Tokyo                                


芝東照宮鎮座由来記

(御祭神)徳川家康公

(創祀沿革)

当宮御祭神(御神体)は公の生前自ら駿府城に於て祭儀をなされた寿像である

元和2年4月17日 公の薨去の際 公より「像を増上寺に鎮座させ 永世国家を守護なさん」と 仰せられ翌年3月 現在地に社殿(安国殿)が創建された

明治以降 神仏分離令により 芝東照宮となった

旧社殿は権現造りで国寶になったが 先の戦火で焼失し 現社殿は昭和44年完成する 公の御神 徳による東部を鎮護する代表的なお社です 徳川家康公の思想を御遺訓から学び取ると勤勉 慎重  堪忍 自責 簡素 倹約です 以って世の中の安寧 世界の平和を希求する厭離穢土 欣求浄土 の御旗に託しているのです

平成6年4月17日

芝東照宮社務所

境内 案内板より


芝 東照宮 由緒

一、祭神 徳川家康公

  末社(分祀)丸山稲荷

一、例祭 四月十七日

一、神紋  三つ葉葵

一、社宝  御神像(東京都重要文化財)

       大公孫樹

(創祀・沿革)

当宮は、当初、増上寺境内に勧請された。増上寺は、天正18年(1590)家康公の江戸入府の 折、源誉存応が公の帰依を得て徳川家の菩提寺に定められた。当時は日比谷にあつたが慶長3年( 1598)江戸城拡張工事に伴い、現在地に移転した。以後幕府の保護の下、関東浄土宗寺院の総 本山となり、実質的に同宗第一の実力を持った。

元和2年(1616)、家康公が薨去されると、その遺言により同寺において法要が行われたが、 十月二日には、霊廟造営の工事が始まり、翌年二月竣工。建物の大ききは六十六州の国を永く守る ために、との遺言で六十六畳敷となり、敷地も本堂後方との遺言によって、丸山の地に定められた。 竣工後の3月17日には二代将軍秀忠が参拝している。

この増上寺境内の家康公を祀る廟は、一般に安国殿と称された。これは、家康公の法名「一品大相 国安国院殿徳蓮社崇誉道大居士」によるものである。安国殿の御神体は、慶長6年(1601)正 月、60歳を迎えられた家康公が自ら命じて彫刻された等身大の寿像で、公は生前、駿府城におい て自らこの像の祭儀を行っていた。死に臨んで公は、折から駿府城に見舞いに参上した増上寺の僧 侶(観智国師たち三高僧)に、「像を増上寺に鎮座させ、永世国家を守護なさん。」と仰せになり、 この像を同寺に祀るよう遺言していたもので、安国殿の創建の時に造営奉行であった土居大炊助利 勝(後の大老・土居大炊頭利勝)の手により駿府から護り送られたのである。祭祀は江戸時代を通 じて別当の安立院が奉仕した。

その後、寛永10年(1633)には安国殿を造替し旧安国殿は開山堂となったが、寛永18年( 1641)には家光によって三度目の造替がなされ、敷地も丸山の東下の地に移された。規模は壮 大で、惣門は駿府城から移したもの、鳥居は筑前国(福岡県)福岡藩主の黒田侍従右衛門佐忠忠之 が奉納。拝殿、唐門、透塀をめぐらした中に、5間四方の本殿があり、内外部とし漆塗・極彩色の 豪壮・華麗なものであった。

なお、増上寺は徳川家の菩提寺であった関係から、寛永10年には、二代将軍秀忠の霊廟が境内に 創建された。その後六代家宣・七代家継・九代家重・十二代家慶・十四代家茂の霊廟も造営されて いる。従って江戸時代を通じて、将軍の参詣は数多く行われていた。

安国殿は明治初期の神仏分離のため、増上寺から分れて東照宮を称し、御神像を本殿に安置・奉斎 した。明治6年(1873)には郷社に列し、社殿は、寛永18年の造替当時のものが維持してお り、本殿は大正4年(1915)旧国宝に指定され、昭和5年(1930)天然記念物に指定され た神域内の公孫樹と共に、伽藍の美を誇っていたが、昭和20年(1945)5月25日の戦災に より、御神像の寿像と天然記念物の公孫樹を除いて、社殿悉く焼失した。

戦後、昭和36年(1961)、氏子・崇敬者により復興奉賛会が結成され、一方寿像は、同38 年(1963)東京都重要文化財に指定されて、仮還宮の後、昭和44年(1969)8月17日、 遂に神殿の完成を見て今日に至る。

芝東照宮 しおり より


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