霊巌寺(れいがんじ)    Reiganji Temple    江戸六地蔵 第五番   天空仙人の神社仏閣めぐり

江戸六地蔵
品川寺東禅寺太宗寺真性寺霊岸寺浄名院

霊巌寺 霊巌寺 江戸六地蔵 五番
「霊巌寺」「江戸六地蔵 五番」
FUKAGAWA Reiganji Temple
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霊巌寺 江戸六地蔵 五番霊巌寺 江戸六地蔵 五番
「江戸六地蔵 五番」「江戸六地蔵 五番」
EDO ROKUJIZOHEDO ROKUJIZOH
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霊巌寺霊巌寺 牡丹
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霊巌寺 つつじ
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霊巌寺(れいがんじ) 江戸六地蔵 第五番

Reiganji Temple

東京都江東区白河1丁目3−32

1-3-32,Shirakawa,Koto-Ku,Tokyo

TEL.03-3641-1523


霊巌寺  

由来

松平定信は、江戸中期の陸奥白河(福島県)藩主であり、天明7年(1787)老中となりました。

定信が行った政策は、寛政の改革といわれ、天明の打ちこわし後の江戸の秩序回復に努めました。 とくに七分積金の制度は、町方入用を節約させ、不時の備蓄にあてたものです。

明治には、東京府の公共事業に役立ちました。

 この霊巌寺にある墓は、昭和3年に国の史跡に指定されています。


銅造地蔵菩薩坐像

              (江戸六地蔵の一) 

像の高さは2.73メートル。深川の地蔵坊正元が発願し、江戸市中から多くの賛同者を得て、江戸六地蔵の第五番として、享保2年(1717)ごろ建立されたものである。製作者は神田鍋町の鋳物師太田駿河守正儀。

蓮台には数ケ所湯の廻らなかったところがあり、造立銘文はこれを避けて刻まれている。また、顔や肩などには金箔が残っている。

なお、江戸六地蔵はつぎのとおりである。

  品川寺  品川区南品川三丁目

  太宗寺  新宿区新宿二丁目

  真性寺  豊島区巣鴨三丁目

  東禅寺  台東区東浅草二丁目

  永代寺  江東区=消滅

東京都教育委員会 案内板より


史跡 松平定信墓

松平定信(1758〜1829)は8代将軍徳川吉宗の孫、田安宗武の子として生まれ、 陸奥白河藩主となり、白河楽翁を号していた。

天明7年(1787年)6月に老中となり、寛政の改革を断行、寛政5年(1793年) 老中を辞している。定信は老中になると直ちに札差(ふださし)統制(旗本・御家人など の借金救済)・七分積立金(江戸市民の救済)などの新法を行い、幕府体制の立て直しを 計った。

また朱子学者でもあり、『花月草紙』、『宇下の人言』、『国本論』、『修身録』などの 著書もある。

東京都教育委員会 案内板より


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